もう1枚、富士見書房版の坂本宮尾著「杉田久女」の表紙カバーには、昭和17年とされる久女の写真が見られます。この年8月久女は義父杉田和夫氏の葬儀で小原を訪れ、また同月昌子さんの夫一郎氏が出兵するため上京しています。写真はその時昌子さん一家と撮影したものと思われますが、久女52歳の時のものです。
この後久女は空襲から句稿をかかえ守りぬき、終戦の翌年1月、食糧事情の悪い中筑紫保養院にて不幸な最後をとげるのですが、この口元に笑みをたたえ柔和な目をした久女の写真は、俳句も何も知らないでいた先の写真と見比べると、良くも悪くも俳句に生き、そして俳句に泣いた久女の人生をふりかえらずにはいられません。 さて、長く久女について書き何度も小原の墓詣もしてきましたが、いつも気の晴れぬまま夫婦の墓に向かって手を合わせるばかりでしたが、このたび小原の墓に向かってやっと、少しはましな言葉がかけられそうな日がきました。 この9月松本にある赤堀家の墓所(写真)を訪れたのです。松本は久女が尊敬した父赤堀廉蔵の眠る地であり、大正9年8月父の納骨で訪れた久女が腎臓病を患い、長期闘病生活が始まった地でもあります。 市内北部宮淵にある丸ノ内中学校のグラウンド近く、静かな住宅に囲まれた地に赤堀家の墓所があります。囲まれてとはいいましたが小原とは違って、陽のよくあたる開放的な墓地です。向かって右から久女に俳句の手ほどきをした兄月蟾(げっせん)の墓、父廉蔵と母さよの墓、次の小さな墓が幼いころ異国台湾で亡くなり、久女が愛してやまなかった弟信光の墓、そしてその隣が小原から分骨した久女の墓です。 昭和27年10月幾多の障害を乗り越え、まがりなりに虚子の序文を得て、難産の末に「杉田久女句集」が刊行されました。その後久女の再評価が始まってゆく中で、夫宇内はこの地に久女の墓を建てることを発願したのです。それを聞いた虚子は墓碑銘「久女之墓」の揮毫をしたといいます。そして昭和32年4月、家族に見守られたこの地に久女の墓が建てられました。 久女没後おそらく宇内は久女の書いた文章を読み直したことと私は思います。昌子さんが久女の投稿した記事などを集め、父に見せたのかもしれません。特に父母や弟の思い出をつづった文章は、宇内に分骨の意志を促した様に私には思えるのです。 『十九の年の夏、永い間の憧憬で有った父の故郷へ行った。あの藍色の信濃の山の美しさ。山を包む霊のある雲のたたずまい。私はもう何もかも忘れて山の神秘にとらえられて仕舞った。』 反面、続けて小原のことはこう書いています。 『其後私は栄華も富も、都会も、あらゆる現実界の光輝も幸福もすてて自ら、矢矧川(=矢作川のこと)の上流の淋しい淋しい山中を私の墳墓の地とすべく、思いがけない宿命の手に我れから投じて行った。だがそこには私の希望(のぞ)む深刻な色の山も神秘の森もなく只平凡な山と水。暗い因習と無智な安価な生活とが私を取り巻いて渦巻くのみ。私の胸は失望と悔恨とにうごめいて居る!!』(以上「曲水」誌 大正8年9月/「思い出の山と水」) ずいぶん小原については手厳しい記述ですが、多分に作句に理解のない夫を通じて見た小原の印象だったようにも思います。しかし3年後の昭和37年5月、この地に墓を建てた宇内は他界するのでした。松本の墓を去る時、「もうこれで積年の確執からお互いに解放されたよね。いつでも小原と松本を行き来できるんだよね。」、と私は久女の墓に向かって祈ったのでした。
by ttru_yama
| 2008-12-14 15:37
| 杉田久女
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