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0910-「20世紀少年」の町-283 (南吉生誕102年-138)

帰ってきた「ででむし詩碑」43
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いろんんな記事や調べ物があったりで、すっかりご無沙汰になってしまいましたが、帰ってきた「ででむし詩碑」42 の続きを始めたいと思います。

※このシリーズでは、新美南吉の最初の詩碑である、「ででむし詩碑」がいかに建碑され、どのような経緯で移転され他の地、また戻って来たかという話を追っています。

さて図(「安城高女略図」(かつお・きんや著「人間・新美南吉」より))中に、花壇が4つ中庭に見えますが、この花壇の初期の写真が「安城高校50年誌」に載っていますので、紹介したいと思います。
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まず1つ目の写真ですが、第5回生(S5年度卒業?)の記事に築山造園をしたとあるので、その時の花壇と思われます。場所は冒頭に掲載した図の左下の中庭に「初期卒業生による記念庭園・花壇」とあります。

となると背後の校舎には職員室や会議室(及び図書室=郷土資料室)があったと思います。以前、帰ってきた「ででむし詩碑」17にて南吉関連の写真を載せましたが、よく見かける南吉先生の肖像写真は、こちらの図書室で撮影されたものです。(注、図書室は中央棟にも生徒用図書室があります)

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続いてもう1つ中庭写真があります。これも同時期できたものですが、背後が中央廊下になっています。
もしこの写真の場所が南吉学級(19回生)担当の花壇であるとすれば、その後中央には日の丸池ができ、右手前にででむし碑となる石が置かれていたことになります。
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by ttru_yama | 2015-12-19 23:42 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-282 (南吉生誕102年-137)

安城高女グランドピアノ お披露目コンサート
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こちらは安城高女の講堂の写真(第一回卒業記念寫眞帖より)です。正面左手にグランドピアノが見えますが、その部分をかなりボケていますが、上部に拡大してみました。

そんな写真で以前、帰ってきた「ででむし詩碑」-35にて、安城高女の講堂に置かれていたグランドピアノの話や、「ででむし詩碑」-20にて、そのピアノが修復される途上の話を書いてきましたが、いよいよその修復されたピアノのお披露目コンサートが、2015.11.14 14:00 「安城市歴史博物館エントランスホール」にて行われました。

新聞や報道資料にてピアノの句(全集8、 p.487)にが紹介されています。
151「講堂に ピアノ鳴りやみ 秋の薔薇」そして、もう一つあります。
152「けどほさや ピアノのとヾく 秋の薔薇」 ※けどほさ(気遠さ)

解題にS13(1938)年秋の制作とあり、これは安城高女に勤め始めた最初の秋となりますが、ちょうど日記の書かれていない間でその頃の記事はありません。当時ピアノを弾いていたのは、音楽担当の太田あき先生かと思われますが、薔薇は講堂に程近い中庭に咲いていたものでしょう。

f0005116_1120864.jpg新聞によれば、このグランドピアノは高女から安城高校に引き継がれ、その校舎建て替え時に教職員に払い出されその家で使われていました。しかし老朽化して使われなくなり、納屋に置かれていたものが南吉生誕100年を機に安城市に寄贈され、栃木県真岡市のピアノ工房にて1年8か月かけて修復されたものです。

f0005116_11265230.jpgいよいよコンサートが始まりました。
演奏は安城市出身で国際的なコンクールでも多くの受賞をしている山本千愛(ちあき)さんで、南吉の好きだったショパンの「幻想即興曲」から弾き始め、アンコールまで10曲程を演奏し詰めかけた聴衆の喝さいを浴びていました。

山本さんは演奏の途上で、南吉ゆかりのピアノを弾くことを光栄に思いますと挨拶され、修復されピアノは繊細で温かみのある音色に甦ったと話されました。

f0005116_1241581.jpg演奏会を終えた山本さんに、ピアノの寄贈者・大岡雅子(つねこ)さんとのツーショット写真をお願いしました。
今回のピアノは安城高校の英語教師だった大岡さんの夫・故幸雄さんが校舎建替え時に譲り受けたもので、大岡さんは演奏会の後に久々のピアノの手ごたえを懐かしむかの様に、アメイジング・グレイスを弾かれていました。
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by ttru_yama | 2015-12-09 23:45 | 新美南吉