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0910-「20世紀少年」の町-188 (南吉生誕101年-50)

南吉生誕100年-リーフレット-12(2012.?~)

前回の続きですが、まず「新美南吉と刈谷の会」の発足の頃の話から始めましょう。写真は平成5(1993)年8月7日付けの刈谷ホームニュースの第1面記事ですが、これから引用して会の成り立ちをみて行きたいと思います。

f0005116_0374231.jpg記事によれば・・、
『刈谷にも縁が深い童話作家、新美南吉を研究するグループ「新美南吉とかりやの会」(仮称)(現・新美南吉と刈谷の会)が八月八日に発足する。東部公民館の文化活動の一環として、地元有志が集まり、南吉の人物像や刈谷とのかかわりなどを調べていく。

・・南吉は、刈谷にも足跡を残している。安城高等女学校の教師をしていた昭和十三年から十七年にかけて、刈谷の知人や親類を頻繁に訪ねている。また、当時、刈谷高等女学校の校長をしていた恩師、佐治克己氏に会うため、たびたび同校にも訪れ、当時の日記には「刈谷の女学校へ音楽会をききに」「女学校。近代風の建物。クリーム色。二階の窓に水兵服が見える」(昭和15年二月)」・・』
とあります。

そして今日のリーフレットは、安城市の「南吉が青春を過ごしたまち安城」です。
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現在この「リーフレットシリーズ」は、生誕100年イヤーの2013(H25)年1月あたりを振り返っていますが、このリーフレット自体は2012年には出ていたものです。

当時安城市は来るべき平成25年の「生誕百年」に向け、南吉の資料を探しており、市民の関心をよぶとともに情報提供を訴えていたものです。
ということで、ここに写っている写真は昭和13年からの5年間、南吉が勤めていた安城高等女学校(現・愛知県立安城高等学校)の、第19回生の卒業記念写真(中央が南吉、S17.3.17卒業)です。

とくに彼女達54名は、安城高女にやってきた南吉が初めて受け持ち、1年から卒業までの4年間ずっと担任でしたので、このクラスは一番南吉の薫陶を受けた、まさに奇跡の十九回生なのでした。

余談ですが、上の「新美南吉と刈谷の会」の記事にて、南吉が日記に(刈谷高女の)「二階の窓に水兵服が見える」とありますが、安城高女と同様に刈谷の生徒もセーラー服姿だったということです。
(なぜ南吉が刈谷高女を訪ねていったかは、またこの先書くことになると思います)
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by ttru_yama | 2014-01-25 16:00 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-187 (南吉生誕101年-49)

南吉生誕100年-リーフレット-11(2012.2)

・・ですが、本題の前に「新美南吉と刈谷の会」さん(酒井 豊 代表 / 水野 日出夫 副代表)の活動を紹介したいと思います。
南吉関係の会の多くが、半田市及び安城市に集中している中、「えっ、刈谷にも南吉の会があったの?」と私が知ったのは今から2~3年前のことでしたが、いずれリーフレットも登場する予定ですので、活動の様子を取材させて戴きました。

実は「新美南吉と刈谷の会」さんの発足は、今から20年も前の平成5(1993)年8月8日のことで、8の並びは「正八さん」の「八」に掛けているそうです。

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会の立ち上げの細かい話はまたにして、こちらが本年初の定例会(第276回)の様子で、酒井代表の連絡報告や南吉日記の解説の後、副代表の水野さん(写真)が作品鑑賞の講師をされている所です。

この日は「かたつむりのうた」「さるとさむらい」「らっぱ」「貝殻」について鑑賞していきましたが、水野さんは南吉作品に造詣が深く、元学校の先生でもありましたから受講生にも丁寧に、同系統の作品例もとり挙げながら、特に南吉の心情をくみ取った鑑賞のポイントを説明されていました。

余談ですが定例会は、毎月第三日曜日の午前10時から行っていますので、興味ある方は刈谷市東部市民館(0566-23-9138)を訪ねてみてはいかがでしょうか。

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リーフレットの方は昨年の「冬のおはなし創作展」(2013.2.1~3.31)で、南吉生誕100年を記念して季節ごとに行っている第3回目で、「手袋を買いに」「子どものすきな神様」「流れ星」「最後の胡弓弾き」の、冬に関係する作品のイメージを参加アーティストがで競作出品しています。

このリーフレットの表紙は、菅野由貴子さんの作品「雪の森」で、「手袋を買いに」がモチーフなのでしょう。「子どものすきな神様」は座敷童子みたいに見えない神様が、子どもに見つかりあわてて靴の片方を、雪の上に落としていってしまう話でした。

寒い木枯らしの吹く夜、いじめた仲間の星たちの前から姿を消した「流れ星」は、何処へいったことでしょう。ほんとに手袋を買いに行ったのでしょうか?
「最後の胡弓弾き」は、おめでたい正月にする門附けの話なのに悲しい物語でした。・・などと書いてますが、写真が不可で作品の方はすっかり記憶から飛んでいます。(泣)
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by ttru_yama | 2014-01-20 09:00 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-186 (南吉生誕101年-48)

南吉生誕100年-リーフレット-10(2012.12頃?~)
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今日は(その内容からして)、2012.12-2013.1頃から通年出回っていたと思われる、新美南吉記念館発行の「ごんぎつねと南吉のふるさと 半田 -ごんの歩いた道 南吉の歩いた路ー」のリーフレットです。

A4横2枚をを2つ折りにした、(つまりA5)のコンパクトサイズで、右が表表紙 左が裏表紙となりますが、ごらんの通り南吉童話から抜け出てきた「ごん」や、「手袋を買いに」の「母子狐」が、童話のあらすじとともに半田市を案内してくれるという、きわめて入門的な特にこどもさんが喜ばれそうな冊子です。

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次のページは南吉の生まれた岩滑(やなべ)界隈の、記念館・矢勝川・生家などが、「ごんぎつね」のダイジェストとともに紹介されています。
ごんの表情がとても生き生きしていて、このまま絵本にしてもよいくらいです。

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そして次は半田でも少し都会的な地区を、「手袋を買いに」の「母子狐」の物語とともに紹介しています。

都会と書きましたが南吉の時代、この半田市街中心部は今の落ち着いた雰囲気からは、想像もできないくらいの賑やかさで、この「手袋を買いに」の街並みに出てくるような、モダンな建物もイラスト程ではないですが点在していました。

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そして最後は南吉と、その絵本の紹介です。・・とこんな感じで南吉と、作品およびふるさと半田を、さくっと紹介したなかなかのリーフレットなのでした。
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by ttru_yama | 2014-01-12 20:45 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-185 (南吉生誕101年-47)

南吉生誕100年-リーフレット-9(2012末?)

f0005116_10523117.jpg明けましておめでとうございます。
さて、2014年もすでに始まってしまいましたが、まだ南吉生誕100年イヤーの話が(軽い話から深~い話まで)、まるごと残っています。南吉フィナーレでも言われてましたが、まだ未来へ<夢をつなぐ>話が残っています。

ということでまずは年始にあたり、安城で戴いた南吉カレンダーから載せておきましょう。
で、その1月の写真には「南吉かるた」が載っていました。

f0005116_1114323.jpgことのついでにそのチラシも載せておきましょう。企画制作は安城の精文堂印刷、監修・新実南吉に親しむ会、発行・安城元気会とあります。

そこで、チラシに出ている「かるた」だけでも紹介しておきましょう。右から「かにの商売 とこやさん お客に毛のない たこがきた」「あったかいな 赤いてぶくろ 心もほかほか」「背中のからに かなしみが いっぱいつまった でんでんむし

・・といった感じで、見ていると南吉作品がかるたの中からどんどんあふれています。


f0005116_1327513.jpg年の初めに、1年前「南吉記念館」で買った「ごん吉くんピンバッチ(左)と缶バッチ(右)を載せておきます。

この缶バッチには「ごん吉くん」のプロフィールが書かれていて、それによればごん吉くんのキャラクターが生まれたのは、2011年に「ごんぎつね」のひ孫として誕生し、南吉先生に弟子入りし、皆さんを南吉童話の世界にナビゲートするのが仕事なんだそうです。

・・で、正月から余計なつっこみを入れるなと言われそうですが、ごん吉くんが「ごんぎつね」のひ孫ということは、あの鉄砲でうたれた「ごん」は、生きていて家族も出来てたってことになります。

そう、以前から言われていますが「ごんぎつね」のラストには、「ごん」が死んだとも助かったとも書かれていません。でもここは正月らしく、明るく「ごん生存説」を信じて、ごんと兵十のその後のストーリーを想像してもいいかもしれませんね。

こんな感じで、今年もよろしくお願いいたします。
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by ttru_yama | 2014-01-04 14:45 | 新美南吉