「ほっ」と。キャンペーン

<   2013年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

0910-「20世紀少年」の町-167 (南吉生誕100年-29)

「春の電車」-序

さあ、もう9月になろうとしていますが、まだ4月の話です。早く9月に追いつかなくては・・。(気持ちだけ・・笑)

私が勝手に映画「20世紀少年」の町としている、常滑(とこなめ)市の臨海エリアでは、昨日(8/30)でっかいディスカウントストア「コストコ」がオープンし、大賑わいをしたそうですが、見に行く余裕はありません。(でも、まだまだ「20世紀少年」話は、続きがあるのです)

しかし、考えてみれば半田市は常滑市の隣町ですし、南吉も1913年生まれの「20世紀少年」。何といっても知多半島生まれの、いわゆる「郷土の偉人」ですから、このまま「20世紀少年の町」として続けたいと思います。
f0005116_9333841.jpg
ということで今日は、今年4/1にお目見えした、南吉生家の最寄り駅の名鉄「半田口駅」の観光看板、「南吉とごんぎつねのふるさと」(写真は4/3)の話です。
f0005116_10564112.jpg
まず写真左上は、上り名古屋方面の入場口前の看板で、「ごんぎつね」の物語です。右上はその一部分、首に巻きついたうなぎをふりほどこうとしているごんと、それを追いかける兵十です。

次いで上りホームにある看板は、「赤い蝋燭」の物語です。(左下) 猿たちが花火と思って恐れていた蝋燭に、最後に火をつけにいったのは猪でしたね。そして右下は「手ぶくろを買いに」。子狐は無事手ぶくろが買え、母さん狐と再会できたようです。
f0005116_11481720.jpg
そしてこちらは半田・河和方面の下りホーム看板ですが、左上は「おじいさんとランプ」で主人公の「巳之助」がランプを割ってしまう印象的なシーンと、心温まる「牛をつないだ椿の木」の牛と人力車曳きの海藏さんの話、右上は「ごんぎつね」と「でんでんむしのかなしみ」です。

そして下り改札口を出た所にあるのは、「春の電車」の詩のイメージ(左下)です。この詩については、もう少し書いてみたいのでまた次回です。ということで、何やらほんわかとした南吉ワールドの絵を見てきましたが、この絵はイラストレーター・ワキタヨシコさんの作品で、新美南吉記念館のミュージアムショップ「cafe&shop ごんの贈り物」にも大きな壁画(右下)がかかっていたり、メモ帳やクリアファイルなどの南吉グッズが販売されています。

壁画についてはワキタさんのブログに制作課程の様子が載っています。私もこのグッズタンブラーで、いたずらごんの日々を眺めながらアイスコーヒーを飲んで癒されています。
[PR]
by ttru_yama | 2013-08-31 23:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-166 (南吉生誕100年-28)

いろいろ書き遅れが有りますが、今日(8/25)は半田商工会議所さん主催の、第4回「半田ふるさと検定」新美南吉編と、造幣局の発行した貨幣セット「手ぶくろを買いに」新美南吉の話をしたいと思います。・・とその前に、
f0005116_21503625.jpg
こちらは半田市の子ども向けの南吉イベント、「キッズワークショップ フェスティバル2013~in 南吉のふるさと半田~」のリーフレットですが、この夏休みイベントが本日(8/25)で終了しました報告です。

全部で34のワークショップがあり、親子で物作り体験などを通して南吉の世界に親しむ、思い出作りのイベントでした。このうちいくつかは、また遡って取り上げてみたいと思いますが、実はこの第2弾が彼岸花の時期に合わせ、秋(9/20~10/20)に開催されるそうです。(たぶんこの週一ブログでは、絶対追いつけない自信があります)(笑)

f0005116_22162589.jpg
ということで、こちらが全国で今流行っているふるさと検定の、言ってみれば「新美南吉検定」のチラシ(左)とテキスト(右)です。

この検定で大事な事は、ふるさと検定に南吉生誕100年を重ね合わせたもので、もう次の「南吉検定」はあるか無いか分からないってことでしょうね。(たぶん)
ということは、予備校講師・林先生の流行り言葉じゃ無いけれど、受験するのは「今でしょ!」って事ですね。

という大事な試験ながら、このチラシを見かけたのは6月半ばでしたのに、昨日の夜までずっと勉強もせず、夜になってあわててテキストを見る「体たらく」。おまけにこのチラシに書いてある「出題範囲」を、しっかり見ていなかったのでした。

そう出題範囲は南吉童話の、①ごんぎつね ②手袋を買いに ③おじいさんのランプ ④最後の鼓弓弾き ⑤九助君の話 ⑥花のき村と盗人たち の内容からも出るのです。特に④と⑤はこれまでのイベント劇でもほとんど取り上げられていないので、ほとんど記憶の彼方のうろ覚えでした。

はっきり言って試験をなめてましたね。テキストとなる「生誕100年新美南吉」も、買ってからペラペラめくっただけであまり見ていませんでしたが、半夜漬けで読んで見ると、なかなか為になる事も多くていい勉強になりました。最低ラインの70点はたぶんいけた気がしますが、ブログの手前上もうちょっと恥ずかしくない点にしたかったことです。

f0005116_23371135.jpg
そしてこちらが昨日届いた、造幣局の貨幣セット「手ぶくろを買いに 新美南吉」です。単行本サイズのケース(左)を開けると、オリジナルの「手ぶくろを買いに」の冊子と、貨幣ケース(中/表、右/裏)が収められています。

コインのデザインは表面が、丸くなった母ぎつねのお腹の上に、手ぶくろをして乗っかっている子ぎつね、裏面が手ぶくろと2013の文字です。そういえばこの童話には「白銅貨」が出てきましたね。
と、冊子の最後をよく見ると子ぎつねが使った2枚の白銅貨の説明も書かれていました。

それは10銭白銅貨ではなかったろうか(南吉記念館にも展示とのこと)と、造幣局さんだけに解説もなかなかいい所に目をつけています。
[PR]
by ttru_yama | 2013-08-25 23:59 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-165 (南吉生誕100年-27)

f0005116_1191796.jpg
安城高等学校の中庭にあった、南吉の詩碑「ででむし碑」の話をするつもりでしたが、急遽同じ安城でも「花のき村と盗人たち」の題名の元になった、と言われる「花ノ木町」の話から始めたいと思います。

花ノ木町は安城市役所から南東にあたる地域ですが、この通りの一角に「花の木橋」という石碑があり、案内板によれば花ノ木は「ハナノキ」の自生地だったことからのようです。花の木橋はこの道の下を流れている、明治用水の枝川に架けられた橋ですが、現在はアスファルトの下のようで川の流れは見えません。

そして写真右上に切出したのが、橋の北西にある花ノ木観音(右)と地蔵(左)の石像で、案内板によれば元厚生病院(現・七夕まつり会場の願いごと広場)南の路地にあった観音堂のものを、新たに建立したとあります。その観音堂は戦時下の東南海・三河地震で損傷し、後に廃寺となりましたが安城高女時代の南吉もお参りしたのでは?、と書かれています。

f0005116_2494233.jpgさて花ノ木町の話をしたのは、8/17(土)半田市 雁宿ホール、8/18(日) 安城市 サルビアホールにて、南吉の「花のき村と盗人たち」を題材にした、前進座さんの「花木村月夜奇妙(はなのきむら つきよのきてれつ)」公演が行われたからです。

半田市では例によって、「ごん吉くん」が入場者を出迎えてくれましたので、安城市では「南吉サルビー」かなと思っていました。すると、なんと物語の舞台が安城だけに、神谷安城市長が公演に先立ち、安城での南吉の活動と、すでに戦争で殺伐とした社会状況だったゆえ、花のき村のような理想郷を願って書いたのではないだろうか(おおまかな大意)と、挨拶されました。

f0005116_224783.jpg
さて半田の舞台を見て感動した私は、閉幕後の舞台挨拶(写真上)だけでもとお願いして、許可をいただきました。中央の仔牛の左手がどろぼうのかしらと弟子、右手が村役人と村の娘です。写真からも楽しい舞台の様子が感じられることと思います。

新美南吉の「花のき村と盗人たち」は、今まで誰からも信用されなかったどろぼうのかしらが、花のき村で村人も知らないと言う、ある男の子から信用され、その子の仔牛を預かることをきっかけに改心し、ついにはどろぼう一家を解散するという話で、最後に仔牛を預けた男の子は地蔵さんだった、という解説で終わっています。

前進座さんの舞台では物語のプロットを壊さずに、時代を江戸時代に設定して歌舞伎調の味付けをしたり、歌と振り付けでより登場人物の性格を表しています。
随所に無理の無い独自の演出を加え、作品の世界に深みを加えて、特に南吉作品では男の子が地蔵さまという説明をしていますが、それをあえて言わず観客にわかるような演出をされています。

村の娘などは南吉作品には登場しないのですが、かしらの改心において重要な存在となっていたり、仔牛の愛らしい演技も絶妙で、結末も原作を損なうことなく よりハッピーな結末となったように思いました。

この後も全国巡演があるとのことで、原作を読んでから観に行く事を、ぜひおすすめしたいと思います。
[PR]
by ttru_yama | 2013-08-19 23:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-164 (南吉生誕100年-26)

さて新美南吉生誕100年イベントは、まだ終わったわけでは無く、夏休み中もまた単発的には今年の12月まで続くのですが、主要な生誕イベントは7/27-8/4でいちおう山を越えました。ということでいったん以前の話に戻ってみたいと思います。

つまり、以前「桜」を追っていた(南吉生誕100年-23)頃の、下段あたりからの続きとなります。
f0005116_22231331.jpg
ということで組写真の左上から、生家のすぐ北にある八幡社の境内の桜です。童話「狐」の舞台ですが、その話はまたにしましょう。枝が小振りなので、この桜も南吉の時代のものか不明です。

右上はその八幡社を左(西方)に抜けて行く、狭い小道の先にある常福院の桜です。常福院には桜が数本植えられており、枝振りもなかなかみごとです。桜の木の下はコールタールの塗られた黒板塀で、南吉のいた頃そのもののイメージです。
この写真右手の白い家の付近が、渡辺家の「はなれの家」のあった場所で、咽頭結核で亡くなった南吉終焉の地ですが、最初は南吉自身の起こした風呂の火事で消失し、次に再建された家は伊勢湾台風で倒壊してしまったようです。

f0005116_23104189.jpg
この写真は常福院の案内板にある、大正初め頃の常福院の写真ですが、右脇に茅葺き屋根が見えています。南吉のはなれも元はこんな姿だったことでしょうか。

そして組写真の左下は、南吉が昭和12年4月13日から7月31日まで勤めた、知多郡美浜町にある河和(こうわ)小学校の東部にある正門と桜ですが、現在は通用門的には校舎西にある門がメインとなっています。ここの桜も当時のものか不明です。
f0005116_0443328.jpg
河和小学校さんにある、一番古い校舎写真を撮影させて戴きました。この写真は昭和30年ということで、南吉が勤めていた時から18年後ですが、ほとんど当時の姿が残っていると思われます。

校舎の並び方は、ほとんど現在の鉄筋コンクリート建ての2校舎と同じですが、位置的には現在よりやや手前にあったように思われます。そして肝心の正門は写真右手中央部の枠外です。南吉は初出勤の様子を、兄弟子の巽聖歌にあてて手紙に書いています。

『学校はかなり高い丘にあるので、毎日坂を登るのが大へんです。まだすっかりよくなっていない僕は喘ぎ喘ぎのぼっていくのです。・(中略)・かえりみれば海が見えて、何ともいえないのどけさです。そこで嬉しくなってさらにのぼっていくと正門が見えだし、・・』
私も往きは正門ではなかったものの、坂道を喘いで小学校まで登り、集落の中の道を海を見おろしながら歩いて帰りました。

そして最後の右下写真は、安城市にある安城高等学校の中庭に咲く桜です。ここには南吉の最初の詩碑がありましたが、その細かい話はまたいつかしましょう。
[PR]
by ttru_yama | 2013-08-12 22:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-163 (南吉生誕100年-25)

7/27~7/30が最大のピークだった、あわただしい新美南吉生誕祭も半ば終って、少しほっとした状況ですが、まだ8/4まで南吉ウィークは続きます。残念ながら都合があって7/27は、まるっきり取材できなかったのですが、その一部の画像もお借りすることができました。

詳細はいずれ遡って順次掲載する予定ですが、本日は全く方向を変えてジブリ映画の話からです。
f0005116_155599.jpg
そう2週間ほど前に現在公開中の、宮崎駿監督の「ポニョ」以来5年ぶりとなる「風立ちぬ」を観てきたのです。
監督の「紅の豚」以来の飛行機ものですが、零戦の設計技師「堀越二郎」の人生と、作家「堀辰雄」が実話に基づいて書いた小説「風立ちぬ」での、夫婦の純愛を絡めながら展開する物語です。

ということで幼年時の主人公が大空を舞う飛行シーンもしかりですが、主人公・堀越と結核の少女の再会シーンでは、模型飛行機が地上の堀越と二階テラスにいる菜穂子との間を行き交い、アニメーションならではの美しい「空中映像」が見られます。

f0005116_21293610.jpg
・・と映画のストーリーはこれくらいにして、本題は堀越が名古屋の三菱内燃機株式会社に就職が決まり、東京から名古屋駅へ夜行列車で到着したシーンです。
すでに何人かの(おそらく地元の?)人がブログで取り上げていますが、当時の名古屋停車場前を再現したシーンでは画面左手に、この「カブトビール」と書かれた広告塔が出現します。

上の写真自体はこの夏内部を特別公開中の、半田市の歴史遺産・旧カブトビール(通称・赤レンガ)内で展示されているもので、映画を観る前の7/6に撮ってきたものですが、映画の中ではもっと名古屋駅付近の細部を描きこんだその画面に、ドーンとこの広告塔の姿が突如映し出されたものですから、観ていて本当に度肝を抜かれましたね。(笑)

f0005116_22104382.jpg
もう少し説明を加えれば、写真の幟旗でもお分かりのように、ここ旧カブトビールでは「新美南吉生誕100年」に合わせ「南吉紹介ミニ展示」も開催(7/6、7/7)されていたのです。(8/3、8/4も午後から内部公開)

カブトビールは、南吉の生家から一駅先の住吉町駅の東部にあり、南吉は歩いての通勤途中に横目で見たりしていたと思われます。
南吉より5歳年下の岩滑(やなべ)小学校の後輩である、あの矢勝川の彼岸花の功労者である小栗大造さんの著書には、昼になると工場から汽笛があたかも「カブトビール」と告げるように鳴っていたと書かれています。またビール瓶の包装には、麦稈(むぎわら)で編んだ「ビール菰(こも)」が使われ、それを編むのが岩滑の子ども達の、小遣いかせぎだったとあります。

とこれが、南吉生誕100年と宮崎監督5年ぶりの映画「風立ちぬ」との、記念すべき接点なのでした。
[PR]
by ttru_yama | 2013-08-03 23:56 | 新美南吉