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0910-「20世紀少年」の町-162 (南吉生誕100年-24)

f0005116_23231020.jpg前回7/27~30までの百年祭イベントを紹介しましたが、実際の南吉ウィークは、すでに始まっています。
まず足の早いものから、見てみましょう。半田市雁宿ホールでは、7/20~8/4まで「南吉童話絵本原画展」が開催され、棟方志功、池田あきこ、石倉欣二、太田大八、かすや昌宏、黒井健、篠崎三朗、杉浦範茂、高野玲子、長野ヒデ子、二俣英五郎、渡辺洋二各氏の原画が見られます。

特に黒井健氏等は、わざわざ100年記念のための作品を寄せられていたり、このチラシにあるかすや昌宏氏の作品等は、切り絵の背後から光をあてる方式なので、原画というより投影原画といった感じのものです。


f0005116_23533838.jpg次に足が早い物は、安城市関係の「南吉探訪スタンプラリー」と「南吉が安城にいた頃」展(共に7/20~10/6)でしょうか。

時間的にはまだ余裕が有りますが、やはり旬な感じの内がおすすめでしょう。この「南吉探訪スタンプラリー」は、安城市内の5ヶ所(ギャラリー&カフェ「南吉館」、安城市文化センター、南吉の下宿先、安城市歴史博物館安城市中央図書館)と半田市の2ヶ所(新美南吉記念館、南吉の生家)でスタンプを押し、クイズに答えるものです。(赤字は主な応募用スタンプ帳の入手個所です。くわしくはこちら)
このラリーの最大の難所は、「南吉の下宿先」を見つけることでしょう。まあこのページにある、「ふれあい広場」(安城市新田町出郷78番地2)にたどり着く事が第一関門ですね。

でも本当にご好意でやっておられますので、ご近所やお家の方のご迷惑にならないように気をつけたいことです。

f0005116_0583581.jpgこちらがスタンプラリーと同時開催の「南吉が安城にいた頃」です。こちらはタイトル通り、南吉が安城にいた頃について纏めた展示です。南吉の下宿先も再現されていたり、当時の安城の町並み地図と南吉の日記が検索端末でリンクされています。
最近個人宅で見つかった、南吉直筆の英語のテスト問題もあり、新美南吉記念館でもなかなか見られない展示等も貸し出されています。

次に写真スペースがないので説明だけですが、7/13~10/20までの会期で半田市立博物館にて、「「狐」長野ヒデ子絵本原画展」が開催中です。こちらは「狐」の原画に加え、文中に出てくる三番叟人形や、山車の飾りである大幕に刺繍されたごんぎつね等、南吉童話の美しい絵柄が見られます。

f0005116_1113716.jpgそして最後に新美南吉記念館で、7/13~10/27まで開催されるのが「新美南吉とふるさと知多半島」です。

こちらは展示替えの準備中に一部を見てきただけなので、詳細は分かりませんが半田市から枠を抜けて知多半島に渡っての、南吉童話にでてくる物語や、時代背景の展示がされるもようです。
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by ttru_yama | 2013-07-27 01:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-161 (南吉生誕100年-23)

あと1週間程で7/30の南吉生誕100周年となり、いよいよ(イベント満載の)恐ろしい週間に突入してきました。南吉記念館、半田市役所、安城市役所、南吉館でもカウントダウンカレンダーが、ついに1ケタ台となりました。
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ということで、南吉が青春を過ごしたまち・安城市では先々週くらいに、安城駅西駐車場の壁画(「巨男(おおおとこ)の話」③)に次ぐ、ビッグなウォールペイントが、すぐ隣にある日本通運安城倉庫の壁(「南吉の願い事」②)と、そのすぐ後ろの安城駅自転車駐車場の壁(「大力の黒牛と貨物列車の話」①)に完成しました。ということで、現在25の壁画が完成しています。
と、まあそれはいいのですが・・。
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これは安城市の7/27~30までの百年祭イベントチラシです。これだけでも大変そうなのですが・・。
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さらにこちらは生誕地・半田市の7/27~8/4までのイベントです。といっても小さくて良く分からないと思いますので、詳細は安城市イベントと、半田市生誕百年公式ガイドブックPDFのP.7~P.8をご覧ください。まあ心の中の叫びは、「いったいどうしろっちゅうんじゃ~」という感じです。(笑)
これまでの生誕100年事業は、両市ともなるべくイベントが重ならない様になっていましたが、事ここにいたってはどうしようもない状況なのでしょうね。
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ということでもう悪あがきせず、先週の続きの桜写真を載せておきましょう。
左上から順に南吉生家の北方にある高田橋付近にある「ごんごろ緑地」の桜、矢勝川(右)と安川(左)の中州となる「ででむし広場」、その「ででむし広場」の向こうに見えるのは権現山で山の中央が白っぽく見えますが、権現山に建っている五郷社の桜です。
(ということでうちのブログはまだ4月の桜ですが、安城のデンパーク付近では、稲の苗も育って「南吉たんぼアート」が見頃です)
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by ttru_yama | 2013-07-21 23:20 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-160 (南吉生誕100年-22)

f0005116_10334114.jpgもう少しカガシヤ写真や南吉の頃の半田を見ておきたいのですが、ここで少し話を戻します。

写真は1年前(2012年)の3月10日、半田市栄町にある<社会福祉法人>半田同胞園さんにて、除幕式が行われた陶壁「新美南吉の詩」(建物中央下部・左上に切出し)です。(2013.3.24撮影)
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この陶壁画は縦が1.2m、横が6mというかなり幅広いもので、一マスが30cm四方の陶板80枚で構成されています。
写真は下部が全体像で、中央部分をその上に拡大しましたが、一目で南吉童話の世界にひき込まれる構成です。(原画・志賀源吾氏/制作・常滑陶彫会)

余計なお世話ですが私の(誰でも)分かるところで、左から「おぢいさんのランプ」「赤いろうそく」「牛をつないだ椿の木」「ごんぎつね」の権現山、「手ぶくろを買いに」のきつねの母子、南吉記念館、彼岸花、こぎつねに手ぶくろを売ってくれた帽子屋というところでしょうか。

半田同胞園さんには母子支援施設と保育所があり、「手ぶくろを買いに」のモチーフは施設の性格にもぴったりなじんでいます。

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2013.4.1、思いついて条件の悪い夕方から、南吉ゆかりの場所で桜を撮ってみました。まず左上は南吉養家の駐車場の桜です。
大正10年7月 小学校2年生の渡辺正八(南吉)は、病没した母りゑの実家の新美家の養子となりますが、家に馴染めず半年たらずの12月 新美姓のまま渡辺家へ戻ります。(ただしこの桜はその後のものと思われます)

右上は記念館北向いにある権現山、菜の花の先にある矢勝川を挟んで山裾が少しピンクです。左下はその権現山遠景と記念館を背景にした敷地内の桜で、右下は南吉の墓のある、半田市北谷墓地入口の桜。
ただしもともとの渡辺家の墓は、少し離れた岩滑コミュニティセンターの場所にあり、南吉が20歳頃にこの場所に移転してきました。
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墓の入口まで来たので、続いて南吉の墓(左上写真中央)です。
没後の南吉は左隣の渡辺家の墓に入っていましたが、昭和31年「ごんぎつね」が小学4年の国語教科書に採用され、恩人巽聖歌も招かれた昭和34年3月22日の、17回忌法要から南吉顕彰の機運が高まって、このりっぱな墓も建てられたことと思われます。(南吉法名/釋文成)

この墓は南吉の父、渡辺多蔵氏と遺族によって昭和35年12月に建てられましたが、残念ながら多蔵氏は前年の17回忌の南吉法要から2ヶ月後の5月20日、息子の立派な墓を見ることなく亡くなっています。

さて以下の写真右上と左下は、南吉の母校・半田高校と岩滑小学校の正門脇の桜です。ここにも南吉関連の碑があります。そしてラストは南吉生家の北隣の桜ですが、これらが南吉の時代の桜なのかは私にはわかりません。
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by ttru_yama | 2013-07-14 23:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-159 (南吉生誕100年-21)

f0005116_9541799.jpgさて南吉生誕100年ですが、世の中はどんどん進んで、南吉の中学時代の友人・久米常民先生の手紙の発見や、安城の南吉の下宿先の復元公開等があいついでニュースとなっています。
(これも、その内になんとか記事に・・ね) (笑)

ところで写真は「南吉生誕100年-17」以来、話に登場している「カガシヤ」の店舗写真ですが、ようやくここに載せることができました。
(「南吉のふるさと」/昭和60年7月・半田市立博物館発行)より
ということで、このカガシヤ写真は、昭和60(1985)年頃の様子となります。(現在この付近は更地で再整備中です)

f0005116_11195836.jpgもうひとつ半田の町の歴史を綴った、「半田の轍 八十年の変遷」(平成20年・片山市三氏発行/絶版)という素晴らしい本を紹介します。
タイトル通り、半田の歴史風俗、主要な建物や町の変遷を綴った労作で、 「南吉生誕100年-19」での愛知銀行の場所にあった建物の変遷も、こちらの記事をレファレンスしてもらったものです。

この本には「カガシヤ」の記述も載っており、南吉や歌手・尾崎豊との関係にもふれたりしています。


f0005116_11422059.jpgそして、こちらは何度も出てくる「カガシヤ」店内の写真ですが、片山さんによればこのカウンターの様子は、ほとんど変わっておらず、中央の(おそらくコーヒーを抽出する)機器は、昔からずっと置かれていたといいます。

同本より、「カガシヤ」の記述を部分的に引用します。
『・・創業 普通の民家でしたが、先々代の女将さんが一念発起し、賑わう銀座通りの中心だからと商売を始めました。(中略) 表でパンを販売しながら、奥では喫茶店を始めました。昭和十年ごろには、かの有名な新美南吉もよくこの店に訪れた常連客であり、初恋の人とのデートの場所であったと言われます。・・』

ということで私も南吉の日記の中で、カガシヤでのデートの話を調べてみましたが、残念ながら見つけられませんでした。(笑) ただ、この店内写真は少なくとも昭和6(1931)年以降だとわかりました。というのは銀座通りの道が拡張されたのがその年だったからです。
ですから南吉の見たカガシヤは、まだ出来てからそんなに経ってない新店舗の、それこそモダンな店だったことでしょう。
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by ttru_yama | 2013-07-08 23:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-158 (南吉生誕100年-20)

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そしてさらに後ろに引いた写真(2013.3.26)がこちらです。中央のビルがミツカングループ本社で、解体の始まった2012.11頃までは、この左手にまだ旧中埜銀行本店だった建物(ミツカン中央研究所)が見えていたと思います。
そして写真下部の瓦屋根の建物は、ミツカンの展示施設・博物館「酢の里」ですが、その右手前にも工事の遮蔽壁が見えています。そう工事は「本社地区再整備プロジェクト」といい、大々的な工事のようです。
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その解体工事の様子を別の北側方向から見たのが、上の写真(同3.26)です。
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そしてそのもう少し左手方向では、まさに解体工事最中の様子が見られました。(源兵衛橋付近から記録として撮影したもの)
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ということで、博物館「酢の里」さんに寄って、往年の酢の工場のパネルを見させていただきました。
指をさされている建物が旧中埜銀行本店、その右隣のが現在ある「酢の里」展示施設の場所ですが、右上に拡大してみました。
おそらく南吉も、こんな時代の風景を見ていたことと思いますが、それにしても立派な工場だったことで、南吉の時代の建物が無くなっていくのはさみしいことです。
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でもミツカンさんも少しでも、昔の趣きを残そうと再整備計画を進めており、2015年中にはこんな姿に生まれ変わるそうで、解体した工場の瓦なども再利用されるようです。
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by ttru_yama | 2013-07-01 23:30 | 新美南吉