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1304 ポール・デルヴォー展-3

f0005116_225449.jpgこの絵「<伝説の旅>(1974年)のための習作」(1974) のように、デルヴォーは列車、特に汽車が好きで、作品にはそれらがよく登場します。

今回の展示物の中にも、デルヴォー自身が蒐集した、汽車のカンテラやランプなどがあり、今の世で言う「鉄道お宅」の一面を窺う事ができます。しかしデルヴォーにとっては、汽車は趣味以上のものであり、絵の重要なモチーフなのです。

そんな中の初期の作品「リュクサンブール駅」(1922)では、列車そのものが主題でしたが、この<伝説の旅>ではヌードもしくはロングドレスの女を左右に配し、月夜の幻想的な雰囲気を出しています。

f0005116_23391598.jpgそして「<エペソスの集い>(1967年)のための習作」(1967)という作品になってくると、これまたデルヴォー作品の重要な要素である、ギリシア・ローマ建築の要素がさらに加わってきます。

鉄道趣味と同様、ギリシア・ローマ文化への傾向も幼少期からということで、年表によれば1938、39年にイタリアへ、1956年にギリシア・イタリア旅行、1964年に2度目のギリシア旅行をしています。

作品のタイトルにあるエペソスとは、トルコ西部エーゲ会に面したイズミル県のセルチェク近郊にあった古代都市で、ギリシア語でエフェソス、トルコ語でエフェスと呼ばれる、アルテミスの神殿があった所のようです。

f0005116_22154136.jpgで完成版の、「エペソスの集い Ⅰ」なる作品はどうかというと、他の画集でも見当たらなくて、この作品が「エペソスの集い Ⅱ」(1973)です。

中央に横たわる裸の女や列車、背後のギリシア建築はほぼ共通素材ですが、左右の人物構成がだいぶ複雑になっています。しかしデルヴォーの他に誰が、ギリシア建築・列車・ヌードを一枚の絵に描いたでしょうか。それも何作にもおよんでのことです。

もう1回ほど話を続けるつもりなので、あまり結論づけみたいな話は早すぎるのですが、今まで見てきただけでも、デルヴォーを単にシュルレアリスムの画家、と言う枠でくくってしまうのは、デルヴォーに失礼な気がしてきたところです。(つづく)
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by ttru_yama | 2013-04-26 23:00 | ギャラリー

1304 ポール・デルヴォー展-2

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さて・・、よく知られる「夜明け」(1944)と題したポスターカードを貼ってはみたものの、最初から言葉につまります。(笑)
建物内にいるギリシャの女神的な人物と、裸に薄絹をまとって外庭の石畳を歩く女(この部分を左余白に拡大しました)との邂逅といった絵です。拡大した女のほうは建物の中の女を見ているようですが、中の女はほとんど無表情です。

こんな絵を描くから、シュルレアリスムの画家と呼ばれていますが、デルヴォー自身は「そうでないと言わないまでも、本当にわたしがそうかどうか確信がありません。」と言っています。

f0005116_9594520.jpg年表によれば、1927(30歳)年、デ・キリコの作品を見て圧倒されたとのことで、このあたりから裸婦像が増えてくるのですが、1927-1928にかけて「森の中の裸体群」という作品を描いています。
この絵がどの程度シュルレアリスムの影響を受けているのか、素人の私にはしっかり評価はできませんが、人物の無表情な様子は「夜明け」他、その後のデルヴォー作品に先駆けるような絵に思えます。

f0005116_100224.jpg骸骨と裸婦が、同じポーズをとっているのは「会話」(1944)という作品。
デルヴォーは、7歳(1904)の時、学校で骸骨標本をみるのですが、この作品のように後になって骸骨も、絵のモチーフとなってきます。

この絵もそうですが「磔刑Ⅱ(1953年)のための習作」などでは、キリストや嘆く人々と化した骸骨の方が、かえって表情豊かに描かれています。
(つづく)
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by ttru_yama | 2013-04-22 10:40 | ギャラリー

1304 ポール・デルヴォー展-1

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f0005116_647278.jpg岡崎市美術博物館で公開中の「ポール・デルヴォー展」(2013.4.6~5.26)に行ってきました。絵のタッチは何となく見た気はするのですが、その画家の名前はポール・デルヴォー(ベルギー/1897-1994)というのでしたかという、そんなレベルでした。

ということでベルギー人いうことも会場の年譜で知り、その上キャプションにあるオリジナルタイトルが仏語表示だったので、「えっ、ベルギーってフランス語なん?」という、極めて低レベルからのスタートなのでした。

そんなわけで、まずはGoogle MAPでベルギー(ピンク枠内)の位置からです。(笑) フランスの東隣で、オランダの南、イギリスもそんなに遠くないんだ。そして地図中央部に赤線を引きましたが、北部がフランドル地域で、地域言語はフラマン語(オランダ語)。ちなみにフランドルは英語でフランダース、そうネロとパトラッシュの「フランダースの犬」は、英国人作家ウィーダの作品なのです。

そのフランダースの犬の舞台となった、北の街アントワープ(アントウェルペン)(紫〇印)にはノートルダム大聖堂があり、貧しいネロが死の間際に見たという、かのルーベンスが描いた祭壇画が天井に飾られているわけです。(ううっ!)
そして赤線の少し上の赤〇印が、首都ブリュッセルのあるブリュッセル首都圏地域。ここではオランダ語・仏語両言語が使われています。

次に赤線の南部の区域が、フランス語圏のワロン地域(実際にはドイツ国境に少しドイツ語圏がある)となります。このワロン地域のリエージュ州アンティ(右の青〇印)で、ポール・デルヴォーは生まれました。ですからキャプションが仏語だった訳です。(と、納得)

ことのついでに言いますと、左手赤線直下に入れた緑〇印はエノー州レシーヌで、同年代のシュルレアリスムの画家、ルネ・マグリット(1898-1967)が生まれています。
(と、今週はここまで)
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by ttru_yama | 2013-04-12 08:00 | ギャラリー

0910-「20世紀少年」の町-149(江ちゃん里帰り-新・長浜編-14/市様里帰り)

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南吉話が続きましたので、今週はあいち戦国姫隊の話に戻りますが、本題の「江ちゃん里帰り」どころかこの3月31をもって、(写真左から)於大様・吉乃様・市様の三姫が、天に還られてしまいました。
写真はその日の様子ですが、特に市様はめったにしない「お市とともに天下統市!!」という大サービスポーズに注目です。(たぶん演舞で見せたのは3回くらいか)

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ということで、その日は姫にまつわる小芝居が特別に演じられたので、その中でも浅井親子の芝居を、振り返ってみたいと思います。
舞台は本能寺の変にて信長様亡きあと、市様に二人目の夫となる柴田勝家様との縁談が舞い込み、江ちゃんが反発するという場面ですが、市様も言われてたよう江ちゃんの、10歳の設定がどう見ても20歳以上に見える、という年格好には目をつぶっておきましょう。(笑)
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いったんは母の手を、振りほどいた江ちゃんでしたが・・。
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あえなく、捕獲されてしまいます。
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市様に、お家のため お前たちのため、と諭される江ちゃん。
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いつしか泣き疲れて、寝入ってしまった江ちゃんと、「わしは義の姫、市じゃっ」と、義の心を説き会場をホロリとさせた、お市の方様の好演ぶりなのでした。
よっ、浅井親子!! 戦国一!!
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by ttru_yama | 2013-04-03 22:00 | 「20世紀少年」の町