「ほっ」と。キャンペーン

<   2013年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

0910-「20世紀少年」の町-150 南吉生誕100年-13)

f0005116_65164.jpg
(南吉イベントが続き、長くなるので今週も、江ちゃん里帰りはお休みです) 写真は3/23日の南吉記念館付近から見た、ごんぎつねの名前の由来でもある「権現山」です。

そしてこの日、新美南吉記念館で開催されたのは、「蓄音機コンサート&南吉の初恋ショートトーク」というイベントで、写真右上に会場の様子を切り出しました。会場には半田第二尋常小代用教員時代の南吉と、その尋常小学校からの同級生だった木本咸(みな)子さんの、知多高女(後の半田高女)時代の写真が飾られていました。

南吉は小学校時代から咸子さんに好意を抱いており、中学時代にはペンネームをもじって新美彌那鬼(みなき)にするほどでした。その後南吉は短期徴用された遠藤先生の代わりとして、母校の代用教員となります。その時のクラスに咸子さんの弟もいたこともあり、二人は恋仲となるのですが、その後南吉は、生来の虚弱体質や妻をかえりみない、文学と孤独を愛する性格を理由に、結婚をこばむようになります。

f0005116_22435552.jpg
(と、ここまでは予習した話ですが)、会場には後に咸子さんが嫁ぐこととなる、遠藤先生宅のビクター製の蓄音機が置かれていました。学芸員の遠山さんの話では、蓄音機は遠藤家の蔵を解体するときに記念館に引き取られ、オーバーホールを受けたのだとか。実は南吉も、咸子さんの結婚前に遠藤先生を訪ねており、この蓄音機でクラシック音楽を聞いています。この時南吉は、遠藤先生から咸子さんへの気持ちを問いただされ、却ってはげまされるようなひとときをすごしています。

ということでバッハのフーガ、シューベルツの魔王、ショパンの小フーガ等が演奏され、楽曲と南吉との関係を元南吉記念館長の矢口さんが解説されました。次に咸子さんの娘さんが、父母の話をするのですが、家には南吉の本もなく、他の人から南吉とのつながりを聞いたと話されました。また母の命日は南吉と母の初デートの日だった、というエピソードも明かされました。

f0005116_6104266.jpg
そしてこちらは3/24半田市福祉文化開館にて行われた、「新美南吉 生誕100年没後70年記念 五木寛之講演会 演題 青い鳥のゆくえ」の様子ですが、こちらの緞帳も南吉ストーリーがいっぱいですね。

講演に先立ち半田市長がこれまでのイベントを振り返り、先日の命日イベントが(落ち着いて)静かな雰囲気で良かったと挨拶し、以前五木寛之氏の「親鸞」を掲載していた中日新聞社を通じ、五木さんに講演を依頼した経緯にふれ、五木さんが孤独とエゴの南吉をどう読み解いていくか楽しみです、という話をされました。(講演は録音不可でしたので、以下の記述も言われたままの発言でないのを了承ください)この後に五木さんも似た様な事を言われるのですが、さる講演で言ったことの些細な間違いを、細かく指摘される方がいましたが、大体そういうような事を言いたかった、というおおまかな感じを掴んで理解されるように、そして時に私の作品が入試問題に出る事もあるけど、書いた本人はそんな解釈をしてないと話されました。(会場内、笑い)

五木さんは冒頭で、半田市は初めてで こんな三文文士をどうしてお招きいただいたのか、と挨拶されました。児童文学関連では岡山で「坪田譲治文学賞」の選考委員をされてるそうです。(以下は、おおまかな話の羅列です)

3.11以来、金子みすゞの詩が有名になった。「ごんぎつね」はほとんどの人が知っているが、作者の名前はまだまだ知られていないのでは。(生誕100年をきっかけに)南吉ブームは地下水のように日本中にゆきわたるのでは。かつて大正昭和に全国の少年少女が、(童話童謡を)投稿をした時期があった。自分もレコード会社の学芸部で、売れない童謡を作っていたこともあったり、なぜか「こぎつねちゃん」(?) という作品を書いたこともあった。

そんな時、美智子皇后の「ねむの木の子守歌」のレコードのB面の作詞を担当し、こればかりはよく売れた。自分はロシア文学科だったが、美智子皇后がソログーブの「身体検査」という作品をご存じで感動した。「身体検査」は貧しい家の子が、学校でいわれのない盗みの疑いをかけられ身体検査を受ける話だが、家に帰った時母親は、これどころじゃない、世の中にはもっとひどいことがあるよ、と言った話。それについで皇后は南吉の「でんでんむしの悲しみ」の話もされた。釈尊にまつわる「死人の一度も出なかった家」の話。人は皆そういう悲しみを背負って生きている。

金子みすゞは26歳、南吉の30(29歳7ヶ月)歳も天寿だったのでは。南吉作品には弱者に対してのまなざしがある。でも偉大な作家イコール偉大な人間ではない。自分は物書きで自分でもそう思う。親鸞でさえ心の中は蛇蝎の如くと言った。人間は誰でもひがみ・そねみ・ねたみ・卑屈・エゴなどマイナス面を持っている。
(注、ここで五木さんははっきり言われなかった気がするが、たぶんこういったマイナス面を持ってる人の方が、作品に奥行きと深みをもたらしている、という意味で言われたように思う)

f0005116_948681.jpg「手袋を買いに」の「ほんとうに人間はいいものかしら。」結論は出ず終わっている。「狐」子どもが狐になったら、母親が身代わりになって猟師の目をそらせ、子どもを逃がす話。作品は作家が意図しない部分が表れることがある。良い作品は作家が作る物ではない。自分も「良くもらったな、天からの授かりものだ。」(と感じることがある)こんな事は誰も言わないので言いますが、南吉も考えてもみなかった事が、作品から見えてくることがある。(写真は半田市教育委員会編集の童話集の中の「狐」の表紙)

「狐」に出てくる身代わりになる母と、子の会話は何とも言えない。でも南吉自身がそうだったかというと、作品通りの人ではない。浄土真宗の教義「悪人正機」(自分は「悪人」であると目覚させられた者こそ、阿弥陀仏の救済の対象であることを知る)嫌な人ほど良い作品を書く。きつね三部作(ごんぎつね・手袋を買いに・狐」には、人間尾不条理が語られている。「青い鳥」せっかく見つけた青い鳥。つかまえたと思ったら逃げた。「手袋を買いに」の「人間はいいものかしら」の疑問符。ハッピーエンドではない。

良い作品は100書いて1つあれば素晴らしいこと。それは天の賜物。その作家を選んで天が与えたもの。といったような話でした。途中あんな優しい作品を書く南吉が、そういう人では無いと言われた人は、「えっ?」っと思ったことでしょう。もちろんそういう優しい面も、南吉は多々持ってたことでしょう。でも伝記などの日記を見て行くと、普通の人と同じように、エゴなところ嫌な面も垣間見えてきます。

五木さんの今回の講演は、同じ作家という立場で、南吉と作品についての所感を述べられていました。そういう話はあまり語られる事がないので、今回の講演は別の角度で見る南吉像を提示したと思います。(上記内容については聞き取りの誤差もあると思いますので、二次利用されませんように願います)
[PR]
by ttru_yama | 2013-03-30 23:59 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-149 南吉生誕100年-12)

f0005116_23115656.jpg
(南吉イベントが続き、長くなるので江ちゃん里帰りは少しお休みです) さてこの3/22が新美南吉の命日ということで、安城市と半田市にて南吉を偲ぶ会が開催されました。そこでまず安城市文化センターにて、3/20に行われた「新美南吉没後70年記念式典~南吉先生を偲ぶ会~」のもようです。

安城の催しだけに南吉が、安城高等女学校の教職についた時の、日記の紹介から始まりました。その後の安城市長の挨拶では、ウォールペイント事業や喫茶店・南吉館等、南吉を感じる町づくり、そして南吉先生の教え子43名を招待しての、偲ぶ会の開催経緯が伝えられました。
ということで、次に安城高等女学校の校歌が流れました。その中の小女子は「おとめご」と読むみたいですね。

次に卒業生の予餞会向けに、担任の二年生に南吉が演じさせたという「ガア子の卒業祝賀会」の台詞が、安城高校の女生徒により読み上げられました。今回招待された教え子の中には、その役を実際演じた方も、いたのではなかったでしょうか。この後教え子三人がインタビューを受け、南吉先生の思い出を語られました。
f0005116_2125941.jpg
この後、教え子一行は100Mほど先の、安城市立桜町小学校(元安城高等女学校のあった場所)へ移動し、何年ぶりかの同窓会に参加されました。
f0005116_23304027.jpg
続いて南吉の命日の3/22。こちらは南吉の母校であり、一時代用教員も勤めたことのある、半田市立岩滑(やなべ)小学校の体育館で、『没後70年 「南吉を偲ぶ会」~花・美しいものを愛する心~』が開催されました。

建物中央には、ご覧のように「おぢいさんとランプ」の絵が描かれています。
f0005116_10231636.jpg
今回のイベントは「花」をテーマにしており、舞台上には南吉の祭壇が組まれ、南吉が卒業生に贈った句(ぷりむらはわかるゝ頃に咲く花ぞ) にも詠まれた、プリムラで祭壇が飾られていました。

そして式の冒頭には、安城高女時代の詩「花」(今朝はこんなにみんなが花を持ってきてくれた・・)が、鼓弓奏者・石田さんの演奏をバックに朗読されました。

次に主催者及び半田市長の挨拶後、来場者全員で祭壇に献花が行われ、以下鼓弓の演奏を交えながら、花にまつわる南吉作品が朗読され、南吉記念館学芸員・遠山さんによる司会と解説によりプログラムが進行していきました。
そんな中には母校の後輩である、岩滑小児童による郡読「こぞうさんのおきょう」もありましたが、南吉が養子となった頃の年代の子達だそうで、会場から大きな拍手が送られました。(写真、左上)

そしてこの会場でも、南吉の教え子による、安城高女時代の南吉の思い出が語られました。ごん吉くんも応援に駆けつけ、相変わらず子ども達の人気の的で、イベント帰りにはパンジーの花が来場者に配られ、南吉の命日は花・花・花で飾られました。
[PR]
by ttru_yama | 2013-03-24 22:00 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-148(江ちゃん里帰り-新・長浜編-13/南吉生誕100年-11)

f0005116_4452498.jpg
今回の南吉話は、愛知県東海市にある「ガスエネルギー館」にて、3/6~3/31まで開催されている「新美南吉パネル展」です。

見晴らしの良い展望ホールに、南吉の生涯の説明パネルやビデオモニターが置かれていますが、特に目を引くのは人の背丈以上ある、ごんぎつねをモチーフにした刺繍のタペストリーです。
中央部はもちろん彼岸花ですが、その周りを縁取る「ごん」の刺繍が愛らしい逸品でしたので、上下斜めに一部を切り出してみました。(クリック拡大)
f0005116_564764.jpg
次は現在安城市で配布されている南吉リーフレット2種類です。まずは「南吉が青春を過ごしたまち安城」のダイジェスト版。前の版は16ページものでしたが、A4二つ折りで主にその生涯の部分を網羅しています。
f0005116_5295630.jpg
そしてこちらが、同じく2月中旬に完成した「南吉さんぽMAP」で、表紙にはあちこちの壁画が取り入れられています。

そしてこちらも「南吉が青春を過ごしたまち安城」にあったMAP部分を抜き出し、安城の南吉壁画の散策用に新たに編集したA4三つ折りのもので、地図も少し大きくなって見やすくなりました。
f0005116_1352581.jpg
さて「江ちゃん里帰り」の旧・長浜演舞(2011.12.3)ですが、「母上、薙刀をっ!!」と市様から薙刀を受け取り、そして一振り、「後の徳川三代将軍家光の、母でもあるっ」と口上を決め・・。
次いで「エイッ、ハッ、ハッ」と三度振り下ろしますが、この時毎回振り下ろした瞬間に、止めを入れるのが大変です。
f0005116_1350557.jpg
そして2012.10.8の新・長浜演舞ですが、客席から「江ちゃ~ん、お帰り~っ!!」の、コールがかかってからそれに気付き、感激で胸に手を当てるまでの三連続です。
と、里帰りコールが2年目にしてかかったわけです。
[PR]
by ttru_yama | 2013-03-17 14:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-147(江ちゃん里帰り-新・長浜編-12/南吉生誕100年-10)

f0005116_2153080.jpg
と・・いきなり、あいち戦国姫隊の(左から)市・おね・於大・吉乃様、そして姫隊の父こと愛知県の大村知事が、ゆるキャラとともにステージ上に上がっていますが、これが今日の「南吉ネタ」で、イベント名を「あいちグルメまるごと食べ隊フェスタ」といいます。

これは、あいちのグルメを味わってもらおうという催しで、2/17名古屋の久屋大通公園で開催され、昨年の12/15~今年3/15まで各参加店のシール集める、グルメラリーも行われています。
f0005116_2220439.jpg
そしてこちらが本題なのですが、左から常滑(とこなめ)市のトコタン、半田市のごん吉くん、同・だし丸くんの3ショットです。

だし丸くんは語尾に「・・ダシ」、とつけてしゃべるのが特徴で、半田市の観光説明をし、そしてごん吉くんは、「今年は新美南吉生誕100年の年で、一年を通して半田でいろんなイベントが行われます。」と挨拶しました。

ということで、二人ともしゃべれるゆるキャラだと言う事をこの日知りましたが、ごん吉くんは司会者に「お顔の愛らしさと声があんまりあってない」と突っ込まれていましたね。
f0005116_2331240.jpg
そして「江ちゃん里帰り」の旧・長浜演舞(2011.12.3)ですが、「大河ドラマ(江)でも活躍しておりました~!!」の後は、両手を広げて「皆様、お江ちゃん、って呼んで下さりませ~」と挨拶します。

実はこの3/8の岡崎のおもてなし時、話が昔の思い出話になり「昔は自分のことお江、って言っとったんじゃ~」と打ち明けたのですが、確かにそう言っとりますの。(笑)
f0005116_23494183.jpg
そして2012.10.8の新・長浜演舞ですが、知多の佐治一成様と結婚後は、すぐ離婚し、豊臣秀勝様と結婚、すぐ病死、徳川秀忠様と結婚し、三代将軍徳川家光様の母となった~、と続き「礼に生きた姫、江にございまする~っ!!」と手を振ります。
[PR]
by ttru_yama | 2013-03-11 00:01 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-146(江ちゃん里帰り-新・長浜編-11/南吉生誕100年-9)

f0005116_11311673.jpg
今回の南吉話は前回に引き続いた翌日の、2/23・15:00から同じくアイプラザ半田にて行われた、言葉と音楽で彩る「新美南吉の世界」のいわばパート2です。
このイベントは同じく主催がNHKで、3/2/9:05よりNHKラジオ「東海・北陸文学紀行」(東海・北陸エリア) にて放送予定、ということで撮影はNGです。

今回は昼のイベントということで、子ども連れの家族もあり、ごん吉くんも会場入口でお出迎えです。(写真参照、全体バックは公演の案内チラシ)
f0005116_11474977.jpg
例によって終演後の舞台の写真ですが、司会・朗読は今や名古屋放送局の昼バラエティの顔となった感のある、神戸(かんど)光太朗アナです。
ゲストは西村知美さん(写真左上に紹介)で、2年前にロケで半田の蔵・山車・南吉も紹介したとのことで、小学生の娘さんのいる知美ママは、家で「ごんぎつね・手ぶくろを買いに」など、絵本の読み聞かせもして、ごんの悲しい結末や手ぶくろを買いにのその後などを親子で話したこと、そしてこういった作品を今後も読み継いでいって欲しいと話されました。

池田アナの「ごんぎつね」の朗読では、絵本作家かすや昌宏さんの絵がバックの画面に投影され、ごんが撃たれた場面はいっそうもの悲しくこの物語を伝えました。
神戸アナは、ごんの名前の由来となる権現山のことや、2年前この山できつねが発見されたニュースを紹介し、100年前の世界が今につながっているようですと話しました。

途中他のNHKアナにより、東海・北陸の民話や絵本の朗読があり、ついで影絵専門劇団「かかし座」(写真右上に紹介)により、観客も一緒になって手影絵の作り方を学びました。そして神戸アナと西村知美さん交互による朗読時には、2枚の影絵スクリーン(写真参照)で、きつねの母子の会話やこぎつねが手ぶくろを買うシーンが、まるで影絵のきつねが生きているように投影されました。
(おわり)
f0005116_2154199.jpg
ちょっと今回は順序を変えて、2012.10.8の新・長浜演舞を先にしますが、「・・母上が亡くなった後は、豊臣秀吉様に保護され、・・」(左)と、ここからが知多びいきとしては大事なのですが、「11歳の時に、知多の佐治一成様と結婚!!」(右)ときます。

どうして佐治家に嫁がされたかは、時の権力者・秀吉から見た政略上の都合なのでしょうが、何にせよ、(当ブログ的には、)ようこそ知多国へということです。(笑)
f0005116_2244631.jpg
そして「江ちゃん里帰り」の旧・長浜演舞(2011.12.3)ですが、「・・2011年の、」(左)と、指で1・1を作って「大河ドラマ(江)でも活躍しておりました~!!」(右)と、両手を広げて一回りです。

確かにこのドラマがなかったら、(私も含め)ほとんどの人が、江が知多に嫁いでいたなんて、知らなかったことでしょう。大河恐るべし!!
[PR]
by ttru_yama | 2013-03-02 11:30 | 新美南吉