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1211-1302 フェルメールの少女、12年越しの再会-2

前回も言い訳をしていますが、「新美南吉」も「姫隊」も中断して始めた、この「真珠の耳飾りの少女」、12年間の時間経過もあって、ちょっと話が長引きそうです。(ついさっき決まった、新たな展開も含めて・・)

しかし今回の神戸展は雨で、12年前の天王寺の「大阪市立博物館」の雨の日を、思い出してしまいました。ただし今回は雨中の長い行列ではなく、館内行列だったので(それもそんなに長くなく)助かりました。

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そして館内では、「真珠の耳飾りの少女」の看板と共に、今回オフィシャルサポーターとなった、武井 咲(たけい えみ)さんが、フェルメールの少女に扮した写真もありました。

そこで、フェルメールの少女(左)と、映画「真珠の耳飾りの少女」(2002年・イギリス)で、少女のモデルとなったメイドのグリート役を演じたスカーレット・ヨハンソンさん(中/ 諸事情によりぼかしイメージ)、武井さん(右)を並べてみました。

これでもわかる?ように、なんだか本家のグリートを押さえ、武井像の方が驚くほど絵に近い気がしないでしょうか。そしてフェルメールの少女に、何か東洋的な親近感さえ感じてしまいます。ただし、映画の中のグリートは、けなげで美しく、そしてはかない少女でした。まあ、映画の内容自体は「もしかしたら、こうしてこの名画が生まれたのでは・・?」というものでしたが、ロケーションやコスチューム、そしてフェルメールのアイテムが、ふんだんに盛りこまれていましたね。

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ところでこの絵、12年前の図録のタイトルは、「青いターバンの少女」でした。教科書でもそう習った気がしますね。
それが今回は、「真珠の耳飾りの少女」というタイトルが主となっています。12年前の図録の裏にはオランダ語「Meisje met de parel 」の英訳である「Girl with a Pearl Earring」が載っていますので、もともと「真珠の耳飾りの少女」だったものが、日本に紹介された時「青いターバンの少女」になってしまったように思われます。(つづく)
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by ttru_yama | 2012-11-25 10:00 | ギャラリー

1211-1302 フェルメールの少女、12年越しの再会-1

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「芸術の秋」ということで、今週(から)は「新美南吉」も「姫隊」も中断して、フェルメールです。(笑)
この夏、東京都美術館で開かれていた、「マウリッツハイス美術館展」(2012.6.30~ 9.17)が、神戸市立博物館(2012.9.29~ 2013.1.6/画像左)に、やって来たということで行ってきました。

もちろん目玉は、「真珠の耳飾りの少女」で、今回は「ディアナとニンフたち(画像中段上)」も合わせて来ています。画像右が12年前の、「フェルメールとその時代」展(大阪市立美術館/2000.4.4~7.2)で、この時は「リュートを調弦する女」「天秤を持つ女」(画像中段下2つ)「聖プラクセディス」「地理学者」と、ともに来ていました。

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で、こちらが神戸市立博物館、入口の様子です。ご覧の通り手前からレンブラントの「自画像」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、そして小さくて分かりにくいので、絵の上に切り出しを載せたのが、フランス・ハルスの「笑う少年」です。

・・と代表的な作品が、入口の看板がわりに掛かっていますが、特にこのフランス・ハルスの「笑う少年」は今回の人気作品で、ギャラリー内でも「かわいい¦」の声が聞かれました。ところで今回「トローニー」という耳慣れない美術用語の解説がありました。

肖像画のように実在の人物を描こうとしたものでなく、「性格のタイプの習作を意図したもの」という用語のようです。くだけて言えば「画家がこういった人物画を描こうとして意図的に描いた半身像」とでもいうんでしょうか。

つまりレンブラントの絵は、自分の肖像画(生涯で200も描いているとのこと)なのですが、こういったベレー帽をかむった絵にするとか、フェルメールの少女も、身内か近しい少女だという説も有りますが、こんなターバンや大きな耳飾りの少女を意図して描こうとしたもの、ハルスがくったく無く笑う少年を描こうとした絵が、「トローニー」というようです。

(やはり一回で終わらなかったようで、また次回・・です)
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by ttru_yama | 2012-11-18 23:45 | ギャラリー

0910-「20世紀少年」の町-139(江ちゃん里帰り-新・長浜編-5/南吉生誕100年-2)

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まず初めに、半田市岩滑(やなべ)中町にある、新美南吉の生家からいきましょうか。車の行き交う県道から、一歩入った旧道沿いにあります。新美南吉(本名・新美正八)は、大正2年7月30日、父・渡辺多蔵、母・りゑの次男としてこの家(復元され、昭和62年から公開)に生まれました。(長男の名は正八で、夭死したため同じ名前を貰う)

家は貧しい畳屋で、後に継母が下駄屋を始めたので、2つある入口の向かって右が畳屋、左が下駄屋となっています。ちなみに「渡辺正八」から「新美」姓になったのは、4歳の時母・りゑを亡くし(子宮癌または結核だったと)、その後継母・志んに育てられるのですが、小学2年生の夏に、母・りゑの祖母・新美志もの家に乞われて養子に行くこととなり、改姓したためです。しかし正八はその養子先にはなじまず、4ヶ月程で本家に戻るのですが、姓は「新美」のままとなったのでした。

(なんか出だしってのは、いろんな事盛りこむので、すっきり書くのが難しいですね。でもこの幼少の頃の、いろいろな出来事が南吉作品の、背景に根付いているわけです。)
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はい、こちらは昨年小谷の演舞ですが、マイクトラブル後の、仕切り直しの口上場面です。旧演舞中の市様の名セリフ、「そこのそなたっ!! 戦国一の美女と言えば誰じゃ?知っておるか?」の所で、誰かがマイクコードを引っかけてしまい、またもやトラブル。

頭をかいて弱り顔の市様と、それを覗き込む江ちゃんです。
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で、こちらが今年の里帰りの新演舞。「我が事のために生きず、成すべき事をするのが義の心。義に生きた姫・市じゃッ!!」と、トラブルもなく見事にきまりました。(ぱちぱちぱち) そしてこの後、例によって「拍手が小さ~いッ」と続くのですが、言った側からの「凱旋笑顔」なのでした。(笑)
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by ttru_yama | 2012-11-10 23:30 | 新美南吉

0910-「20世紀少年」の町-139(江ちゃん里帰り-新・長浜編-4/南吉生誕100年-1)

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いつからか突然「あいち戦国姫隊」が始まったように、突如として何かが始まるのがうちのブログの特色です。(笑)
そして来年は「ごんぎつね」等で知られる、愛知県知多郡半田町生れの童話作家・新美南吉(1913.7.30-1943.3.22)の、生誕100年ということで、またもや知多半島生まれの私としては、20世紀少年の町「常滑」や、そこから派生した「江の最初の嫁ぎ先・大野」とともに、大変気になっているわけです。

ということで今回は、出身地半田市と高等女学校教師時代を過ごした安城市の、生誕100年に向けてのリーフレットを出して、細かい話は(いつものように)また次回です。(実は大野編のあとに、南吉の「おぢいさんとランプ」を企画していたのですが、一体いつになるか分からないのでね)
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それでは新・長浜編ですが、まずは昨年12/3の小谷の長浜歴ドラ隊さんの、オープニング舞台挨拶です。
左から「初」「江」「茶々」「長政」「市」様ですが、最後の舞台ということで、一人ずつ1年の思いと感謝を述べているところです。
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そしてこちらは今年10/8日の、姫隊演舞冒頭の合わせ扇の場面です。
昨年(左上)は、市様がのっけからマイクトラブルの災難に遭いましたが、今回はそんなトラブルもなく、演目もあれから二更新されて、華麗な扇の舞いを「凱旋みやげ」として、小谷に持ち帰ることが出来ました。
また今回の助っ人「おね様」(右)の魅惑の歌声も、この地に響き渡ったのでございます。(つづく)
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by ttru_yama | 2012-11-03 01:30 | 新美南吉