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「コクリコ坂から」-3

f0005116_1732484.jpg<画像>「コクリコ坂から」映画プログラム裏表紙より。先週(8/20)NHK/BSで8月9日放映された、「ふたり」「コクリコ坂・父と子の300日戦争〜宮崎駿×宮崎吾朗〜」が再放映されていました。
1時間15分番組で頭の30分ほどは見ていませんでしたが、吾朗氏がアニメ監督になったきっかけ(ジブリ美術館総合デザイン)の頃から、「ゲド戦記」、「コクリコ坂から」まで、父・駿サンとの親子の葛藤の日々を描いていました。

「ゲド戦記」では口も聞かない二人。でも駿サンは何かにつけて制作現場の様子を探りに来る。それを拒否する吾朗氏。でも公開された映像には、ナウシカ似の1シーンだったり、ハイジ似だったり父親の影響がそこここに出てきます。興行的には成功した映画でしたが、憮然として試写会を中座する駿サン。

私が見ていなかった30分の間には、「コクリコ坂から」のヒロイン・海のキャラクター設定で、激しい二人の対立があった様です。(この続きから見てました) しかし駿サンはヒロインが早足で橋の上を、少し前傾姿勢で大巾で歩く海の絵を提供します。どうやらその絵に託された、海のキャラクターを吾朗氏も受け入れ、登場人物が動き始めます。

また、プロデューサーの鈴木サンは、駿サンが冒頭に入れたい、てきぱきと動く海の起床シーンを、伝令として吾朗氏に頼み込みます。吾朗氏もラスト近くのヤマ場では、父親のシナリオには書かれていない、俊と海の急接近するシーンを取り入れます。

さて3月11日、大震災がおこり制作現場は動揺します。人材確保、電源事情で3日間の制作ストップを会議で決定した事が、駿サンの耳に入るやいなや決議はひっくり返され、確保できるスタッフだけでも「制作続行」が言い渡されます。
(こんなときの鈴木プロデューサの顔ったら・・、いやはや、この人がいなかったらジブリはどうなるんでしょうかね)(笑)

完成試写会の後の、駿サンの(感想を求めるカメラに向かっての)コメント。「おれを脅(おびや)かしてみろ!」でした。それを聞いた吾朗氏、「(ビックリして)死ぬなよ!」でした。(←そんなような事を言ってたような・・)
その後、駿サンは滞っていた自分の新作のコンテに向かい始めました。

きっとジブリからは、まだまだ良い映画が生み出されることでしょう。(でもまだ、おわりじゃないよ(笑))
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by ttru_yama | 2011-08-28 07:55 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-2

f0005116_21474394.jpgこの映画はおおきく言いますと、2つの話で出来ています。
1つはもちろん俊と海の出生にまつわる話で、もう1つは高校のクラブハウス「カルチェラタン」の存続問題です。
「カルチェラタン」(写真右)は、ご覧の通り老朽化した建物で、高校の活動クラブがこの3階建ての中に所狭しと、部室を構えています。
学校側は老朽化を理由に、このクラブハウスを取り壊そうとしていますが、新聞部の俊や生徒会長の水沼はじめ、クラブ住民は反対運動をしています。

カルチェラタンは映画の中では「魔窟」と言われていましたが、そう、これは「千と千尋の神隠し」のおどろおどろしい、あの湯屋「油屋」的存在なのです。

そして俊は、この建屋の搭部4階で「週刊カルチェラタン」なる、「ガリ版新聞」を発行しているのでした。そしてある日の新聞の片隅に、こんな詩が載せられました。


----------------------- 映画見てない人、この下 小さなネタバレあり注意--------

小さなネタバレ
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by ttru_yama | 2011-08-20 08:50 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-1

f0005116_163876.jpgまたもや本編がおろそかになってしまいますが、今映画公開中の「コクリコ坂から」の、「ヨコハマガイド」パンフレット(以下・写真参照)を現地で貰って来たので、ついで映画も観てきましたよ。(笑)
ご存じ「ジブリ作品」で企画・脚本は宮崎駿サン(監督は吾朗氏)です。プログラムにある駿サンの覚書にあるよう、この作品の原作は1980年頃、「なかよし」に掲載された少女マンガ(佐山哲郎原作、高橋千鶴作画)です。

「コクリコ」というのはフランス語のひなげし「Coquelicot」で、映画ではヒロインの家の庭や花瓶の花にも出てきます。「コクリコ坂から」についてののくわしい解説は、ブログ「Melody Talk)さんでどうぞ。
そういえば、与謝野晶子の短歌(ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す/君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ))が「風の詩」さんのブログにも出てきました。その写真がまさに火の色です。(彼女、夫を追ってフランスまで行きましたから)


f0005116_17392590.jpg物語の設定はオリンピック前年の1963年5月、高2の少女・松崎海と、同じ高校に通う3年の風間俊の純愛ストーリーですが、中盤からは2人に降りかかった「もしかしたら兄妹では?」という出生の秘密が、明かされていきます。(これ以上は映画で・・)

といった感じですが、二人の出合いに欠かせないのが、国際信号旗です。宮崎アニメでは「崖の上のポニョ」でも船とのモールス信号が出てきましたね。

この映画の中では、幼い頃、海上で遭難して亡くなった父の船に対して、少女(海)は毎日、はるか海を見おろす自宅の庭から、UW信号「安全な航行を祈る」を掲揚します。( I wish you a pleasant voyage. ということのようですが、UWの2文字でそういう意味だそうです)

そして、ある日父のタグボートに乗っていた少年(俊)から、回答(返信)がとどきます。(写真上の旗) 国際信号旗によれば、一番上の旗(赤白の縞模様)は「回答旗」で、映画的には「安全な航行を祈るに対する了解」ということを意図したみたいなのですが、通常の回答は上から順に「UW1」(貴船の協力に感謝する)の3旗だといいます。くわしい参考ページはこちらです。
そしてある日タグボートより、「UWMER」の信号が送られます。
映画的には「MERの安全を祈る」ということでしょうか。MERとはフランス語の「海=ヒロインの名)」を意味しているようなのですが・・。その時すでに2人は出合っていたのですが、海にはこの信号の主がまだわかりませんでした・・。(つづく)
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by ttru_yama | 2011-08-15 20:19 | 本・映画・ドラマ

0910-1108 「20世紀少年」の町-87(大野編-江と佐治氏-14)

f0005116_9212430.jpgお江伝説、蓮台寺(れんだいじ)の続きです。前回お江が「衣掛けの松」に衣を掛け、井戸への投身に見せかけたといいました。
そして(ただし・・はまた次回)ということで終わっていましたが、この衣掛けの松には、関連する話があります。実はこの松のすぐ近くに「あかずの門」というのがあります。


f0005116_9442893.jpgというわけで、こちらが「あかずの門」になりますが、お江はこの門から入ってきて内側からかたく門をとざします。これが「あかずの門」のいわれとなっており、町の歴史ホリオコシ隊さんのブログにこの記事が乗っています。

その記事を見ていただけば、よくわかると思いますが、「衣掛けの松」と「あかずの門」は
『衣掛の松は後花園天皇がよこした勅使が衣を掛けたというもの、あかずの門はその勅使がくぐったものでそれ以来閉じたままの門となった(別名勅使門)というものです。(大野町史)』という勅使との二重の伝説が投影されています。

まあ、私的にいえば「お江伝説」の方がドラマチックでいいと思うのですが、残念ながら「大河ドラマ」には使われずに終わってしまいましたね。しかし今週の江は、ついに一成はおろか秀勝もうっちゃられ、秀忠と和解し大接近するのでした。いいのか、そんなことで。(いいんです)
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by ttru_yama | 2011-08-07 21:39 | 「20世紀少年」の町

1107 フェルメール・地理学者-3

f0005116_7331036.jpg日曜日、開館10分前に豊田市美術館に到着しました。入口ゲート前に大きな展示幕がかかって、こちらには「"大航海時代"あらわる」と描かれていました。

この時間帯になると、東京などで開催する人気展ではかなり長蛇の列が出来ますが、まあ(地方都市としては)それなりの行列の様に思いました。それでも開館後の展示会場内は賑わっていました。

レンブラント、ヤン・ステーン、フランス・ハルス、ロイスダール等の巨匠作品にも会えたし、知らなかった画家のキラリと光る作品にも出会えて、ここで逐一見ていきたいところですが、そんな時間もありません。
f0005116_085692.jpg(左は展示されていないけど売られてた「天文学者」のポストカード)

さて、この美術館で見た残念な話です。それも2回も見てしまい、2回も言わなくていいことを(我慢できずに)言ってしまいました。おかげで絵に集中できませんでしたし、気まずい思いもして(させて)しまいました。

それはどちらも若い2人組(一組はカップル、もう一組は女性同士)でした。どちらも女性の起こした行動で、ある人は絵の部分を指し示すため持っていたパンフレットの先端で、もう一人の人は指で絵の表面に触れたのでした。

どちらも「ああこの人たち、絵に触れそうな勢いで話してるけど、大丈夫かな!?」と、心配していた矢先の出来事でした。もちろん絵の表面にはガラスが入っていると思いますが、こんなことは東京はもちろん、名古屋でも見たことが無かったのでビックリしたわけです。

絵が、フランクフルトに帰ってチェックされたとき、日本に貸したら指紋だらけだったなどといわれないか、とても気になります。(とはいえ私もそんなに品行方正な鑑賞者ではないのですが・・)
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by ttru_yama | 2011-08-01 07:51 | ギャラリー