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080720 東京駅と「コロー 光と追憶の変奏曲」展-2

f0005116_2154268.jpgなかなかコローに行きつかず、気ははやるのですが、やることが(遊びも)いっぱいで、なかなか時間がとれませんね。(笑) 遅れついでに東京駅のフェンスギャラリーも毎回とり込みながらやることにしましょうか。日本で最初に鉄道が開通したのは、明治5(1872)年9月の新橋-横浜間だったですね。(実際は同年5月、品川-横浜間で仮開業をしています)

その後東京駅が出来たのは、大正3(1914)年12月なので実に42年間も、新橋駅起点時代が続いていたわけです。ということで今日の駅ギャラリー写真は大正3年当時の新橋駅です。とはいっても写真の駅は、鉄道開通時の新橋駅の場所に作ったのでではなく、東海道線の起点を東京駅にしたため、それまであった烏森駅を新橋駅と改称したものです。(と、今日はいったんここまで・・)
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f0005116_2342248.jpg1/21(なかなかブログ時間がとれませんね) さて、コローの話なのにでっかいフェルメールの看板です。この絵のタイトルってなんでしたっけ? 「二人の紳士と女」「ワイングラスを持つ娘」、いろいろ題名をつけてくれるので困っちゃいますが、東京では駅ホームに近日開催の「フェルメール展」(2008.8.2-12.14)の大看板(上野駅)が建っているのでびっくりします。JR東日本も協力会社故なのでしょうが、美術展で駅にこれほどの看板が出たのを初めて見ました。

f0005116_23242141.jpgいっぽうこちらはこれから書こうとしている「コロー 光と追憶の変奏曲」展(2008.6.14-8.31)のポスターです。上野駅の公園口改札の壁には、公開中の美術展のポスターが貼られるので、今上野で何をやってるのかが一目瞭然です。・・と、しばらくほったらかしにしてあったので、図録や資料が行方不明ですので、また次回デス。ドコイッタ?!
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by ttru_yama | 2009-01-13 22:48 | ギャラリー

080720 東京駅と「コロー 光と追憶の変奏曲」展-1

アメリカ発の金融恐慌が全世界を巻き込み、日本でも年末以来雇用不安等のニュースが、毎日放送されるほどの、不穏な年明けとなってしまいました。そんな嫌なムードで迎えた正月ではありますが、その一方実はブログの昨年の整理が全く進んでいません。もういったいどこまで溯ればいいのか、月日の流れるのは本当に早くて大島サンや、久女のことをやってる間に、あっというまに半年が過ぎてしまいました。
年末に行った神戸ルミナリエ(ついでに小磯記念美術館も行ったけど)なんか見て遊び呆けている間に、それまでの「ギャラリー」記事なんか、ずっとご無沙汰になっています。名古屋市美術館であった北斎展(2008.02.09-03.23)は、すでに記憶の彼方です。とりあえず国立西洋美術館の「コロー 光と追憶の変奏曲」展から始めましょうか。

f0005116_2055033.jpgとその前に鉄道ファンのはしくれとしては、東京駅の復元工事の様子にもちょっとふれたいことです。東京に行くたびごとに駅付近の様子も大分変わってきています。八重洲口側には丸の内トラストシティ(東京駅後方写真中央左・N館・2003年9月/同右・本館・2008年11月)が竣工しました。
そして東京駅自体も「東京駅丸の内駅舎保存・復元工事」(2007.05.30~2012.春予定)が現在進行しています。以前の東京駅は地下通路を丸の内側へ行こうとすると、バリケードに囲われ、どこから出ればいいのか分からない状態でしたが、この時(2008.07)は少し落ち着いた様子になって来ていました。

f0005116_21271622.jpg丸の内側広場の工事を覆い囲うフェンスには、さながらそれがキャンバスであるかの様に、東京駅の歴史や復元工事のあらましなどが公開されています。で、とりあえずこれが、辰野金吾設計による東京停車場開業(大正3=1914年12.20)まもなくの絵はがき写真(部分)です。今回の復元工事は、『丸の内駅舎を創建当時の姿に保存・復元』することにあります。
実は開業当初の東京駅舎は3階建てで、以前は南北に円屋根のドームがあったものが、昭和20年の空襲により3階とドームが焼失し、終戦直後の“応急処置”で2階建て、角屋根となって、その姿が現在まで続いてきたというのです。

JR東日本の「東京駅丸の内駅舎保存・復原工事の着工について」によれば
『○ 現存する駅舎を解体して建て直すのではなく、現存している駅舎の外壁など主要部分を可能な限り保存・活用し、創建時の姿に復原します。
○ 戦災時に焼失した屋根と、3 階の外壁を新たに復原します。また、駐車場、機械室などを設けるため、地下1、2 階を新設します。
○ 南北ドーム内部の見上げ部分を、古写真や文献資料などをもとに復原します。コンコース部分は現代の機能にあわせたデザインとします。
○ 駅舎の耐震性能を向上させるために、現存する駅舎の構造体への加工を極力少なくする工法として免震構造を採用します。
○ 総事業費は概ね500億円を見込んでいます(支障移転工事等を含む)。』
とあります。これを見ると以前体験した、地下通路の規制の行なわれた理由が納得できます。
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by ttru_yama | 2009-01-02 22:14 | ギャラリー