<   2007年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

070913 ヒヤシンス・ブルーの少女-3/3

f0005116_1056361.jpgえーっと、話がどこまでいってたんでしたっけ。(笑) ああ主題にもある第4話からでしたね。(写真はNHKのHPより)

④「 ヒヤシンス・ブルーの少女 」・・・1670年、デルフト。 当時のフェルメール一家の状況と「ヒヤシンス・ブルーの少女 」の完成から、やがて年月が過ぎてその絵が競売されていく過程を、想像をたくましくして描いた物語です。パン代にもことかくほど困窮していた画家フェルメールには妻と娘マフダレーナがいましたが、時折妻の兄で凶暴なウィレムが一家にやってきて暴力を奮います。そんな状況でしたが娘マフダレーナは、絵を描くことに憧れていました。
フェルメールは自分の貧乏な画家生活を思い、娘が絵に興味を持つことを禁じていました。それでも妻のカタリーナは、娘が教会の建物にのぼって絵の構想をする僅かな時間を、フェルメールにだまって許すのでした。しかしそんな隙を見て、兄ウィレムがカタリーナに暴力を奮います。フェルメールは家を留守にした娘を烈しく叱責します。しかし娘のけなげな表情にフェルメールは・・。というわけでその「ヒヤシンス・ブルーの少女」の絵(写真)は完成します。

もちろん、この絵自体が想像の産物ですから、このシチュエーションもフィクションで、娘(長女マーリアは「青いターバンの少女/(別名)真珠の耳飾りの少女」のモデルといわれる)はいたようですが、凶暴な兄の存在はフィクションなのでしょう。ただこのドラマはその後の絵にまつわるエピソードとも相まって、ファンにとって興味深い内容となっています。

⑤「すべての夜と違う夜」・・・1942年、ナチス占領下のアムステルダム。題名はユダヤ人一家が収容所へ送られた1日から来ているようです。このエピソードで不満があるのは主人公が少女か、少年なのか変わっていく過程が不明瞭ということと、絵と一家との関連性が今一つはっきりしない点です。少年トビアスがその後辿る運命を思うと、その辺りが残念な所でした。

というわけで、多少気持ちの消化不良は感じた、このとてつもなくフィクションのドラマですが、全体的にみれば、その時代その時代の時代考証をした、背景、衣裳も大事な小道具でドラマの雰囲気が抜群なのです。なんといってもその圧巻は、「ヒヤシンス・ブルーの少女」に見られるフェルメールが娘を描くシーンでしょう。まるで吸い込まれるようにその場面に見入ってしまいます。きっとそれはファンの秘められた想いであり、もちろん原作者が一番描きたかった場面なのでしょう。
[PR]
by ttru_yama | 2007-09-22 10:55 | 本・映画・ドラマ

070913 ヒヤシンス・ブルーの少女-2/3

f0005116_23191331.jpg写真は『ヒアシンス・ブルーの少女』の本の表紙ですが、内容とは無関係な「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」が載っています。
さてドラマの方ですが原作から①「贈り物」、②「 朝の輝き」、③「 水の魔物 」、④「 ヒヤシンス・ブルーの少女」、⑤「 すべての夜と違う夜」というエピソードを、オムニバス形式で描いています。

①「贈り物」・・・1880年、オランダ・フレーラント。結婚する娘を持つローレンスは、自分が若い頃から大切にしてきた、「ヒアシンス・ブルーの少女」の絵を、娘へのプレゼントにするように妻から求められるが、若い時の恋の思い出の詰まった絵がなかなか手ばなせなかった・・。

といった感じで老人の淡い思い出のエピソードで、軽く話を纏めた感じで始まりますが、フェルメールの絵に関するエピソードとしては、ちょっと物足りない感じはぬぐえません。


②「 朝の輝き」・・・ 1717年、フローニンゲン。堤防が決壊して家の1階が浸水した、貧しいじゃがいも農家である若夫婦の物語。ある日半分水没して2階で暮している家の前に、「ヒアシンス・ブルーの少女」の絵と赤子が乗ったボートが置かれていた。優しい夫はその赤子を育てる決心をし、妻に絵を売って生活の足しにするように促すが、妻はその絵の中に精神的な安らぎを感じ、絵をなかなか売ることが出きずに、大切な種じゃがいもまで食料にしてしまう。

フェルメールファンとしては妻の気持ちは納得できる部分もあり、海に囲まれたオランダの堤防決壊の怖さもよく表現されていて、なかなかいいエピソードでした。最初の水上に家が浮かんでいるシーンは、この家が水没してるとはドラマがしばらく進むまで分からない程、奇麗で穏やかな画面でした。でもこの冒頭シーンが次のエピソードのね・・。

③「 水の魔物 」・・・ 1716年、デルフザイル。学生アドリアーンは働き口を探すべく、おばの家を訪ねるが、その途中で町の広場で魔女的な言動のため、さらし台にかけられている小間使いのアレッタと出会う。 その後2人は愛し合い、アレッタは教会の屋根裏部屋で双子を出産する。壁にはアドリアーンがおばの家から持ち出した、「ヒアシンス・ブルーの少女」がかかっていた。ところが子供を産んだアレッタは・・。

第3話は魔女狩り的な内容がショッキングなエピソードで、フェルメールの絵と物語の関連性が不自然という疑問もあるのですが、そういう時代の側面とか、排水用の風車も出きて堤防決壊のシーンなど、かなり描写が細かくてアメリカのドラマで、よく映像化できたものだと感心するほどです。
[PR]
by ttru_yama | 2007-09-16 00:02 | 本・映画・ドラマ

070913 ヒヤシンス・ブルーの少女-1/3

f0005116_032082.jpgNHK、BS2の海外ドラマシリーズ『ヒヤシンス・ブルーの少女(Brush With Fate)』(9/13 21:00~22:40)を見ました。(画像:NHK海外ドラマホームページより)
未発見のフェルメール作品が見つかったという、フェルメール・ファンなら泣いて喜ぶようなフィクションドラマですが、原作はスーザン ヴリーランドの『ヒヤシンス・ブルーの少女(Girl in Hyacinth Blue)』の8話のエピソードからメインストーリーと5話をオムニバス形式にしています。

物語は現在30数点が確認され、全体でも40点弱しかないといわれる画家フェルメール(ヨハネス・フェルメール/オランダ・デルフト生まれ/1632-1675)の未発見作品だという、「ヒヤシンス・ブルーの少女」を隠し持つ女性教師コーネリアと、彼女の学校に転任してきた美術教師リチャードが出合う所から始まります。
彼女はフェルメールが、自分の娘マフダレーナをモデルに、その絵を描いた時代の状況まで調べ上げ、その後絵がどのような人々の手に渡り、かつそれら所有者がどのように絵と関わって生きてきたかを、リチャードに語り始めます。

ドラマの見所はこの先書く予定ですが、何といってもドラマのために作成された、「ヒヤシンス・ブルーの少女」という、虚構の作品の完成度と言いますか、フェルメールタッチの仕上げの良さでしょう。お定まりの左窓からもれる光線、そしてテーブル脇に腰掛ける少女、そのモデルが「青いターハンの少女」にも通じようなモデルとくれば、それだけでこのドラマはファン心理をつかみとることに成功したと言えるでしょう。
[PR]
by ttru_yama | 2007-09-14 00:05 | 本・映画・ドラマ

070909 朝から喫茶店でマンガ

f0005116_21145858.jpg休日に朝から喫茶店に入ることはあまりありません。でも何かの待ち時間が出来て、時間つぶしをすることがあります。今日の場合なんかは車の点検待ちだったわけです。そうするとここではいつもの喫茶店。マンガ喫茶ではないけれど、なぜかここに「NANA」(矢沢あい氏/1~17巻)なんかが、ちょっとした本棚に普通に置いてあるのです。この普通に置いてあるというのがなかなか良くて、たとえばマンガ喫茶なんかだと、しっかり少女マンガのコーナーの棚のどこかに紛れ込んでて、探すのに異性文化の世界にもぐり込む何やら不純な負い目みたいな、背徳感(のようなもの)とのせめぎ合いにさいまれながら探さないとイケナイのです。(笑)

この「NANA」というマンガのことは雑誌の何かの書評で、『「Cookie」(集英社)の前身である(名前は忘れましたが)雑誌の発行部数が低迷していて、ここで新雑誌には「矢沢あい氏」を起用して・・』みたいな記事をみたことから知り、たまたまマンガ喫茶の新刊コーナーに最新刊が置かれていたので、じゃあ一度見てみるかという所からはじまったのです。と、ここに書くほどの熱心「NANA」ファンでもなく、映画化されたものも見たこともなくストーリーを正確に把握出来ていないので、物語のあらすじはこちらを見てください。

だいたいマンガを読む時は、タイトルに興味が沸けばペラペラっとめくって、描線や背景の描き方、そしてストーリーが自分の趣味に合ってるかどうかで、読むか読まないかを決めるのです。(そうするとほとんど読む本がナイのですが・・) ということでそんな感じで読み始めましたが、このマンガの舞台である特殊なバンドの世界もなじみがなかったし、主人公もそう好きではないタイプ(キャラクターとしては独創的な魅力はありますが)でしたが、主役やサブキャラクターの性格描写が、きっちり描かれている正統派のマンガだというところと、なぜかこの物語の中に出てくる回想的なセリフ廻しが気になって、いったいこの結末はどういう展開になるのだろうかが気になって、機会があると読んでいるわけです。

話が長くなっていますが、今日の主題は「喫茶店で朝からマンガ」にあります。当地(愛知県)のモーニングサービスは全国的に有名ですが、ここの喫茶店のモーニングには「茶碗むし」という強力アイテムがあります。実のところ茶碗蒸しは朝から食べるほど好きではないのですが、日頃しない喫茶店モーニングを摂りながら、誰にも気兼ねもせずまったりとマンガを読むなどという、こんなぽっかり空いた休日の朝の過ごし方的には、結構気に入っています。もっともこれが毎週ごとの日課になったらイヤになることでしょうが。
[PR]
by ttru_yama | 2007-09-09 22:33 | 無題

070812 牛馬童子をめざして-2/2

f0005116_123242.jpgさて、熊野古道の旅「牛馬童子をめざして」のつづきです。ところでこの牛馬童子のある熊野古道のルートは、和歌山県の田辺市街から中辺路(なかへち)町を通って、本宮町にある熊野本宮大社(ほとんど熊野を横断する山の中ですが全て田辺市)に向かう、いわゆる中辺路ルートの箸折峠にあります。
途中は険しい道が断続しますが、私の歩いた牛馬童子ふれあいパーキング(道の駅、写真参照)~箸折峠~近露王子間(1.3km)は、山道ながらもそれほどきつい路ではありませんでした。

f0005116_12285226.jpgパーキングから国道311号線を渡った側に、古道に通じる入口があって写真のような、牛馬童子をデザインした標識も立っています。牛馬童子とは19歳で皇位を追われた、花山法皇(968~1008)の旅姿を表したものとされています。くわしくはこちらのページ



f0005116_12432583.jpgというわけで写真ではあっというまに、箸折峠(この峠の由来も先程のリンクページにあります)の、牛馬童子像に到着しました。(徒歩15分くらい)
牛馬童子像は、苔むしていて相当な年代を感じさせますが、明治時代に置かれたもののようです。
まあ現実的に思うと狭い山道を、牛と馬2頭の上に乗って旅するって可能なのか、なんて考えてしまいますが、この像を前にしますとそんな邪念は捨てて、素直にこの像の愛くるしさを愛でたくなります。
[PR]
by ttru_yama | 2007-09-02 13:11 | お出かけ