<   2007年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

070519 ミササガパークの薔薇

f0005116_239487.jpg先週の話ですが、愛知県刈谷市半城土(はじょうど)町にある、ミササガパークの薔薇を見に行ってきました。
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曇り空の中、それでも今を盛りと咲きほこる薔薇を楽しめました。去年は少し盛りを過ぎていたので、花びらも地面に落ちたり、残った花もしおれかけていて、ちょっと寂しげだった事を思い出しました。やっぱり行った時に、ピークでないと後に尾をひいてしまいますが、なかなか用事が重なると難しいものです。

f0005116_23202845.jpgそしてもう一つの此処の楽しみは、カフェ・ド・ティユールさんのランチです。(今日も満席)。前回(昨年)の時より若干プライスアップとなりましたが、その分お皿とかサイズやデザインがグレードアップして、ボリュームもましたようです。(写真は魚のAコース、¥1800)f0005116_2326626.jpgBコース以上は、肉と魚が同時に楽しめ、オードブル等が追加されます。2月1日からディナーをされるようになった様ですが、これまたリーズナブルな値段設定になっています。

あとお店の道を挟んで反対側に、ガトータツミヤ刈谷店さんが出来て、食事前に買って持ち込むのもいいようですし、食後にきれいなスィーツをながめて、お土産にしても良いかもしれません。
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by ttru_yama | 2007-05-26 23:13 | お出かけ

070518 駐輪場写真に写っていないもの

f0005116_0372974.jpgとある、駅のホームから見える、駐輪場の昼間の風景です。私はその日駅のホームに立って電車を待っていました。そこへ後ろに二人がやって来て、こんな会話を始めました。地元でなさそうな一人が、「この地域の人は素晴らしいね。」と話しました。「何のことですか?」ともう一人が聞き返します。

「ほら、この駐輪場、自転車があんなにきれいに揃えて、並べてあるじゃない。」と最初の人が言うのです。なるほどホームの先には、新設の無料駐輪場に自転車が、整然と並べられています。(会話を聞く前は気にもしなかった私も、その整然とした整理された姿を見て、これは見事だと思いました。)
すると、地元らしきもう一人が、「あれはシルバーさんが毎朝、きれいに並べ直してるんですよ。」と言いました。なるほど以前私もこの駐輪場が出来る前、小規模な駐輪場で黄色いジャンパー姿の人を見た覚えがあります。

最初に問いかけした人は、「ああ、シルバーさんでしたか・・」と、ちょっと自分の発言が、見込み違いだったことを、照れたように話しました。
私はあらためてこの駐輪場の広さと、自転車の整然とした並びの凄さに見入ってしまいました。そしてこの写真に写ってない隠れた出来事が、広い敷地のあちこちにあった事を感じました。

しばらくして・・そういう見えないものに感謝しつつも、もしもこの風景が、地元でない人が最初に思ったとおりの事だったら、もっともっといいことなんだろうね、と思いました。
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by ttru_yama | 2007-05-19 01:11 | 何か感じたこと

070512 郵政民営化のとばっちり?(不在配達通知)

f0005116_10383971.jpg2日前郵便ポストにピンクの紙(不在配達通知「郵便物お預かりのお知らせ」)が入ってました。新年度に入ってこれが2回目。これが入ってると「モヤモヤとイライラ」がつのってしまいます。まあ以前からも「???・・・」って疑問に思ってたのですが、郵便局の「不在配達通知システム」って何か、不親切だなって疑惑を持ってしまうのは私だけなのでしょうか。文面の中身を要約させてもらいますと、『いらっしゃらなかったので、再配達日を指定して、それでも不在の場合は、ご近所様か、勤務先を指定されるか、(定時内での)郵便局での受取りが可能です。記入してポストに投函してください。』というものです。その裏には『担当者が持ち出していますので、配達にお伺いしますので、ご連絡下さい』と電話番号が書かれています。

以前この「お知らせ」には、夜間か早朝の郵便局受取りが書かれていました。でも新年度からは、営業時間外の局受取りをやめてしまったのです。前回この通知が来た時には、次の日平日休みが取れた日でしたので、朝8時半に電話して取りに行こうとしました。まあ電話して行ったのでいいのですが、「必ず電話してから取りに来てくださいね」と言われたのです。なんでも、取りに行った時、配達員が再配達で持ちだしているとまずいので、という理由でした。

そして開局まえの郵便局に行きますと、同じようなピンクの紙を持った人が何人か、局が開くのを待っています。フライングしてくれないかと期待しましたが、局の扉はしっかり9時ジャストに開きました。私のモヤモヤの一つは、「あんな事いわれたけれど、本当に再配達してくれているんだろうかなぁ」ということです。気持ちとしては「うちは日中は留守にしてるので、9時-5時で配達終了せずに、夜もういっぺん(他の同様な配達するついでに)再配達してくれたらなぁ」という思いなのです。(もしくは時間外受取り枠の時間を少しでも残して欲しいのです。)たぶん配達員の人は、ここのうちはいつも日中いないと知ってるので、定時外に届けるしかないな」と思ってられるんじゃないかな、と考えるわけです。でもいったんこの通知を出した以上、連絡が来るまでは、再配達なんかできない気もするのです。

以前は朝8時から夜8時の間に、直接取りに行けばその場で出してもらえたものが、いつも不在の家の選択としては、指定時間(もちろんその時間に、在宅していることが条件)を書いて通知書をポストに入れるか、電話するより他に道が、基本的にはなくなってしまったわけです。(要するにこちら側から都合のつく定時外の時間に、受取りに行くという、能動的な手段がなくなってしまったわけです。)そして今回の2つめの通知書です。これには「問い合わせ番号」が書かれてあるのにかかわらず、電話応対窓口の人は、「名前」「住所」「電話番号」を尋ねてきます。このあたりは宅配便のセンターでは、先ず「問い合わせ番号」を1番に聞かれ、相手から逆に、「○△町の××さんですね。」と聞かれるところです。そういった民間のやりとりを体験している私にとって、モヤモヤ・イライラは募るばかりなのでした。

うがった見方をすると、郵政民営化なんてすると「こうなっちゃいますよ」、とでも考えたくなってしまいますね。その夜配達員の人が郵便物を持って来られました。「ご苦労様でした」と声を掛けました。この人が悪いんじゃなく、顧客不在のシステムが悪いのですから。(今日は何べんも書き直してるので、分かりにくくてすみません)
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by ttru_yama | 2007-05-13 10:38

060916 日本近代洋画への道-11

仕事と資料整理で終わりそうなゴールデンウイークですが、ひとつくらい宿題を進めようと思います。前回の日本近代洋画への道-10(07.01.14)の続きです。明治20(1887)年に洋画科の設置されなかった東京美術学校が出来ますが、その翌21年滞仏中の黒田清輝(1866-1924)に、画家への転向を勧めた山本芳翆(1850-1906)が帰国し、画塾生巧館を開き洋画を教えます。この画塾は明治27(1894)年、黒田清輝とその朋友久米桂一郎に譲られ、明治29(1896)年の白馬会への設立につながるのです。

芳翆は、小山正太郎、浅井忠らが国粋主義に対向し、西洋画家の団結を呼びかけて明治22(1889)年に設立した明治美術会に参加します。会のメンバーには他に高橋源吉、川村清雄、松岡寿等がいました。

f0005116_1152793.jpgここで東京上野にある「黒田清輝記念館」の写真を載せておきましょう。明治美術会には帰国した黒田清輝も当初参加しますが、印象派風の明るい作風が受け入れられたり、第4回内国勧業博覧会で裸体画論争にまで発展した作品「朝妝」などで独自の道を歩み、明治29(1896)年には官僚的な明治美術会から脱退します。そして先述したように久米、芳翆とともに白馬会を結成し、おりしも西洋画科が新設された東京美術学校の指導者となるのでした。もし山本芳翆が黒田清輝に画家への転向を勧めなかったら、日本の近代西洋画の歴史は、また違ったものになったかも知れません。
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by ttru_yama | 2007-05-06 00:32 | ギャラリー