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061128 君のいないかくれんぼ



君のいないかくれんぼ

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君が突然 逝っちゃったので

突然はじまった かくれんぼ

もういいかい (まあだだよ)



たぶん君は いつものように

そこにちんまり 居るのだけれど

僕がつらくて 目をそらす




あの日いらい

君の一世一代の大芝居に

僕はすっかり騙されて

別れの事など 忘れてた




そちら 元気ですか

そちら 寒くないですか

できたら 手紙ください

あの日 言いたかった事

僕も いっぱいあります




届いたら

やめてもいいかな かくれんぼ

もういいかい (もういいよ)

君のいない かくれんぼ
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by ttru_yama | 2006-11-28 01:08 | お知らせ

061123 A message from the sky

f0005116_1382259.jpgDear friend, Ozisan


Sorry for going out for a walk without any notice.

I just wanted to go outside for breathing some fresh air, because I recently stayed always in the room.

As you know, my eyesight is getting dimm and legs too.

So I lost my way back home.


I've got a feeling you were looking for me down the riverbank.

But ・・It was too late to come back again your world.


Now my friend, I guess I'm in high up the sky, feel good.

But I can feel and catch your emotion, if you'll remember me
further on.

So I'll be still on your mind, and I do not say 「good-bye」.


I just say 「Good-luck! 」


Your Friend kuma
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by ttru_yama | 2006-11-26 01:39 | お知らせ

060916 日本近代洋画への道-8

滞っている近代洋画への道ですが、益々話が難しくなってきます。今までは私塾的な明治の美術学校教育でしたが、明治4(1871)年、政府は文部省を創設します。明治5(1872)年には学制を制定し、大学、中学、小学の設立が全国的に始まります。そんな中、政府は美術教育においても明治9(1876)年工部美術学校を設立します。海外では明治5年にパリで第1回印象派展が開かれ、モネ・セザンヌ・ピサロ等が参加しています。維新後の新政府の基礎が、やっと出来つつあった頃です。

工部美術学校は明治9年に工部省工学寮に付設されたもので、画学(講師:フォンタネージ)と彫刻学(講師:ラグーザ)の2科、後に建築学(講師:カベレティ)が設けられました。当初の日本政府の意向としてはこちらの方のページにもあるように、実用的な美術工芸の振興を求めていたようですが、イタリアから招聘された講師達は、純粋な美術教育を指導します。

集まった生徒には、浅井忠(外国婦人図)・五姓田義松(人形の着物他)・小山正太郎(御岳村遠望他)・曽山幸彦(洋装少年)・高橋源吉(小金井の桜)・山下りん(ヤコブ像他)・山本芳翠(琉球風景他)・ラグーザ玉(蓮池)等、今回の展覧会にも絵が展示されている画家達です。ラグーザ玉(清原玉)などは、彫刻家講師のヴィンチェンツォ・ラグーザより絵画指導を受け、ラグーザ帰国と共にイタリアへ渡り、後に彼と結婚します。
浅井忠は彰技堂に入門後、工部美術学校にも入学しますが、明治11(1878)年フォンタネージの帰国後、後任の美術知識不足の講師と反りが合わず、学校側に更迭を要求するも受け入れられず、小山正太郎、山本芳翠等と共に退学し、同年、日本初の美術団体十一会を結成します。生徒の脱退により半数となった、その後の工部美術学校は国粋主義の台頭に加え財政難もあり、第1回卒業生を送り出すと明治16(1883)年に閉校してしまいます。浅井忠と十一会の由来についてはこちらのページをどうぞ。(つづく)
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by ttru_yama | 2006-11-19 12:19 | ギャラリー

061115 振込め詐欺の余波

f0005116_2155369.jpg写真は「三菱東京UFJ銀行」(長~い名前だこと)の店頭に置いてあったパンフですが、今日は銀行振込みの失敗話です。つい半年前は「オレオレ詐欺」って言ってましたが、最近は騙して振り込ませる手口が巧妙になったとかで、「振込め詐欺」というようです。その振込め詐欺の対策として、当銀行では9/19から1日あたりの引き出し限度額を、普通カードを持つ個人(私の事/図では一番左のカードタイプ)は200万円が→50万円(振込限度額は150万円)に制限されました。たぶん注意を喚起する、案内DMも来てたことでしょう。(でもDMは見ずにすぐ捨てる人なのデス) ちなみに真ん中のカードはスーパーICカードで(身体認証で1000万、通常150万)、一番右はオールインワンICカード(150万円)です。

さて、今日は家の補修に大金100万円を振り込む決済日なのでした。少し前からいろんな通帳の残高を一つの口座のカードに入れて、何とか100万円をこさえ、準備万端今日の日を待っていました。(ホントは待ってないケド) そしていざ銀行の窓口へ。(後からよく考えれば、ATMでそのまま振り込めば、以下のような悲劇に会う事も無かったのですが)業者さんから窓口用の、振込用紙を貰っていたので、窓口で入金しないとイケナイものだと思い込んでいたのです。そして第二の間違いは、わざわざATMで現金をおろしてしまった事です。おろしてと言いましたが実際100万円はおりずに「利用限度額を越えております」の紙が出てきたので、先ず50万円をおろしました。50万円は出て来ました。ホッと胸をなでおろします。もう一回50万円の引き出し操作をしてみました。

ここまで書けば、聡明な皆さんにはこの後起こった悲劇がお分かりかと思います。その通りです。もう、本日はお金をおろす事も、振り込む事も出来なくなったのです。通帳を持っていればまだ何とかなっただろうに、カード社会に慣らされすぎて、このかたついぞ通帳などもったこともありません。

ということで、本日のおさらいです。一般カードでの振込は150万円迄なら、そのままATMで済ませましょう。まかり間違ってもおろしてはいけません。ATMなら振込料も安いのです。(同じ銀行の支店間なら無料です) あと余談ですが、個別申請をすれば一般カードの場合、200万円まで限度額を引き上げられるようです。は~。
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by ttru_yama | 2006-11-15 22:43 | へえ~ え

061111 治らない風邪

f0005116_16202214.jpg(近代洋画への道が途中ですが)写真は小原村ふれあい公園の11/09現在の四季桜です。(といいながら)、合併したので豊田市小原町になったようですが、四季桜はそんなこと関係無く、今年も咲きました。観光協会のHPでは7~8分咲きと書かれていますが、かなり見頃に思えました。
広場には架設テントのお土産コーナーが設営されて、豊橋あたりからの観光バスも来ていました。毎年気になるへぼ飯が、お土産で今年も出ていました。へぼ(蜂の子)って気になるくせに、やっぱり食べる気にはなりません。どうも幼虫にせよ、孵化中にせよ、あのまんまの姿が、御飯にまぶされているのは視覚的にね。(笑)

f0005116_16472910.jpgさて、2週目となる風邪が、全然治ってくれません。最初は喉の痛みからはじまって、熱が出て今は鼻水と咳がとまりません。咳はとにかく体力を消耗し、特に夜中の咳というのは、寝られないので最悪ですね。
それでも休めないので薬づけの毎日なのですが、写真の他にも手をかえ品をかえている(ジャンキー状態)のですが、いっこうに回復の兆しがみえません。今日も薬局で新しい薬を勧められ飲んで来ましたが、今のところ効果(「すぐ体がホカホカあったかくなりますよ」って言われたけど)がでてきません。ティッシュが手放せない季節の変わり目です。
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by ttru_yama | 2006-11-11 16:34 | 季節の話題

060916 日本近代洋画への道-7

仕事も忙しいおり、風邪をひいたりしてなかなか話が進みません。もっとも美術史の(に限らず)知識が無いので、話が進めにくいことも大きな要因なのですが。でもこの際ですから、少しは近代洋画史の流れにも触れてみたいと思います。

日本の近代洋画史を明治以来の、美術教育的やグループ的な観点から見てゆくと、明治元(1868)年五姓田塾からはじまるようです。五姓田芳柳が風俗・肖像画、風景画を中心に横浜に開いたもので、当初の五姓田の絵は外人相手の、土産的なものと考えられていましたが、次第に人気を呼び初代芳柳は明治天皇の肖像画も描いています。その後次男義松や門下生で養子となった、二世五姓田芳柳が五姓田塾を継ぎます。明治2(1869)年には川上冬崖(かわかみとうがい)が開いた画塾、聴香読画館(ちょうこうどくがかん)が開設します。門下には今回の展示でも風景画が数点だされていた小山正太郎や、高橋由一等がいます。

次に来るのはワーグマンの教えを受けた高橋由一が開いた、明治6(1873)年天絵楼(てんかいろう、後の天絵社、天絵学舎)で、明治17(1884)年に廃校するまで多くの画学生を育てました。ついで英国で洋画を学んだ国沢新九郎(くにさわしんくろう)が、明治7(1874)年開設した彰技堂(しょうぎどう)があり、門下には浅井忠(あさいちゅう)等がいました。今回の展示では「英国風景(国沢)」、「外国婦人像(浅井)」が見られます。(つづく)
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by ttru_yama | 2006-11-03 22:17 | ギャラリー