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060916 日本近代洋画への道-6

f0005116_118416.jpgさすが親子だけあっって、一見すると「自画像?」と思ってしまいますが、黒田清輝(1866-1924)の描いた父「黒田清兼像」です。黒田清輝は高橋由一が、ワーグマンに師事した年に生まれました。12歳の頃、由一の門下の中学教師、細田季治に鉛筆画と水彩画を学びます。1884年法律を学ぶ為フランス留学をしますが、その地で16歳程年長の画家、山本芳翆(やまもとほうすい/1850-1906)等に勧められ、画家への転向を決意します。
山本芳翆は岐阜県明智の出身で、前回出てきました五姓田義松の父、五姓田芳柳に洋画を学びます。本名は為之助ですので、雅号は師から貰ったものかも知れません。今回の展示でも絵本的な画風の「琉球風景」、「鬼と少女」等が見られますが、岐阜県美術館での「近代洋画への道」展では、同館の所有する留学中に描いた、精緻な西洋画の「裸婦」や「若い娘の肖像」と合わせて展示されました。

f0005116_225595.jpg今回の展示でうれしいことは、黒田清輝の師ラファエル・コラン(1850-1916)の絵「婦人像」も合わせて見られることです。コランの絵の特徴は写真のように、正確な人体デッサンで、裸婦や婦人像を自然な外光の元で伸びやかに描いていることです。
黒田もコランの下で徹底的にデッサン力を身につけ、三人の裸婦が野原に憩う「花野」等は、師へのオマージュ作品と言えます。同じくコランを師とする、和田英作(1874-1959)の「近江石山寺紫式部」も今回の展示にあります。
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by ttru_yama | 2006-10-15 11:54 | ギャラリー

060916 日本近代洋画への道-5

f0005116_21301587.jpg今回の「近代洋画への道」展ですが、あまり知られていないけれど傑出した画家の作品が、多く出品されています。写真(ポストカードより)の五姓田義松(ごせだよしまつ/1855-1915)の「人形の着物」の絵など、その一つかと思います。浅草で油彩画を見世物にしていた、父・五姓田芳柳(ほうりゅう/1827-1892)の元で西洋画を覚えた義松は、高橋由一より30歳も若く、由一より半年前にワーグマンに師事し、すぐに頭角を顕します。
明治13(1880)年、25歳でパリ留学をした義松は、明治16(1883)年日本人として初めてサロン入選を果たします。その絵がこの「人形の着物」でした。人形の着物を縫う老婆とそれを見守る孫娘の様子を、縦151.5cmのキャンバスに描いたこの作品の前に立つと、今から120年も前に日本人が描いた、などとは思えないほどの迫力があります。

山下りん(1837-1939)のような女流画家の作品、「ヤコブ像」「機密の晩餐」などもあります。山下りんは、ハリストス正教会のイコン画家として知られていますが、今回記事を書くため「山下りん研究会」さんのページ等を見て分かった事は、彼女自身洗礼を受けていたものの、正教会のイコン画を描く事と、彼女自身の絵画への思いにはズレがあった事を知りました。
同じキリストでも、偶像崇拝を禁ずるハリストス正教会のイコン(聖像)は、ローマカトリック系の写実的なキリスト像とは異なり、ある意味イコン画独特の普遍的な形式に準じて描くこととなります。彼女は留学先のロシアでイコン画の習得途上、エルミタージュのローマカトリック系の絵を模写したことにより、帰国しますがそれ以後も日本の正教会にとどまり、イコンを描き続け彼女の描いたものとされる(イコン画には制作者名は入らない)イコン画は、東北を始め日本各地に残っています。
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by ttru_yama | 2006-10-07 22:22 | ギャラリー