カテゴリ:お出かけ( 45 )

0908-0909 東京への移動(渋谷駅で見たもの)-3

f0005116_21542175.jpg渋谷駅で見たもの、その3回(最終回)です。ということで明治製菓のミルクチョコレートを久しぶりに買ってしまいました。(小学校の遠足以来か?!(爆)) パッケージデザインが38年ぶりに変更され、以前からのMeijiの斜体文字がmeijiになりました。値段は従来の120円(65g)が105円(58g)なったのですが、みた目の「サイズ」はそんなに変わってないので、歓迎しましょう。味は?小学校以来食べてないので従来との違いがワカリマセン。

f0005116_2242939.jpgで、何で山手線の渋谷駅と明治ミルクチョコレートが関係あるかという話です。(私も知らなかったのですが)実は今年は山手線が命名されて100周年なのだそうです。『山手線という名称が決まったのは1909(明治42)年10月12日。品川-新宿-赤羽間の品川線、池袋-田端間の豊島線、大崎-大井連絡所間の貨物支線を合わせて、山の手地区中心に走ることから命名された。』(SANSPO.COMより)

というわけで1編成だけ特別列車を走らせるということで、昭和30年代に運転されていた旧型国電を模した「ぶどう色2号」のカラーをラッピングした列車に協賛しているのが、同系色のミルクチョコレートを販売している明治製菓さんだったのです。新パッケージのチョコは2009/9/8から発売でしたが、列車は1日前の9/7から12/4(予定)まで山手線を走っています。(お見のがしなく) ただし運行時間帯は非公表で走らない日もあるとか。

しかし実際見慣れた山手線のカラーである、シルバーに黄緑ストライプの列車の代わりに、このチョコレート車両が渋谷駅に入ってきた時は「何だこれは!?!?!?」と,本当にびっくりしました。運良く見られてヨカッタことです。(笑)
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by ttru_yama | 2009-10-23 23:21 | お出かけ

0908-0909 東京への移動(渋谷駅で見たもの)-2

f0005116_21374088.jpg渋谷駅で見たもの、今日はその2です。この絵をみれば何の説明もいらず、誰の絵か判ってしまいそうな大迫力の壁画ですが、JR山手線から京王井の頭線を結ぶ、渋谷マークシティの連絡通路にあります。前回も渋谷駅で井の頭線に乗り換えたのですが、歩く経路が違ったせいか気づかず、今回ハチ公を見たあと2階の連絡通路に来て初めて知ったのでした。

岡本太郎の長らく行方不明となっていた、この「明日の神話」と題された壁画が、異国の地メキシコで淋しく打ち捨てられている、というTV番組を見たのはもう何年か前(2003年頃か)のことでした。遺族の岡本敏子さんが現地でそれを確認したものの、何ブロックもある巨大な壁画をどう日本に持ち帰ったものか、といった感じで番組は終わったような気がするのですが、その壁画が突然目の前に出現し、びっくりしたものでした。

その後を私は知らなかったのですが、その無残な状態の壁画は日本に帰国し、元の姿に修復されたのでした。そして次には展示する場所をめぐっての招致合戦が繰り拡げられ、ここ渋谷が安住の地と決まったようです。一般公開が始まったのは昨年の11月7日だといいます。くわしくはこちらをどうぞ。

強烈な色彩で原爆が炸裂したシーンを描いた一見悲惨な絵ですが、タイトル「明日の神話」にも象徴されるように、岡本敏子さんの音声解説を聞くと、岡本太郎がこの絵で表現したかったことがわかります。
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by ttru_yama | 2009-10-17 23:22 | お出かけ

0908-0909 東京への移動(渋谷駅で見たもの)-1

f0005116_8213226.jpg台風18号凄かったですね。私もその後遺症で豊橋に行かされました。(泣) さて、今日は東京の渋谷駅で見たものを紹介しましょう。渋谷駅といえば、「090912 HACHI ~約束の犬~」でも紹介した、「忠犬ハチ公」の像です。駅の改札口にも「ハチ公口」があるので、案内板をたどっていけば間違いな「ハチ公前広場」にいくことが出来ます。(笑) そしてハチ公前広場の壁面にあるのが、このハチ公ファミリーレリーフ (タテ4m、ヨコ15m陶板製 平成2年設置)です。もしハチ公にファミリーがいたらというテーマで、中央のハチ公のまわりを大小20匹ほどの秋田犬の家族が取り囲んだデザインになっています。架空でもこれだけファミリーがいれば「HACHI」もさみしくないことでしょうか。

f0005116_8474264.jpgそしてこちらが、「忠犬ハチ公」像です。大正14年5月、飼い主である上野博士が亡くなり、昭和10年3月にハチ公も亡くなりますが、初代「ハチ公像」(銅製)は昭和9年4月に生前のハチ公同席で除幕されました。その初代「ハチ公像」は残念なことに終戦前日(昭和20年8月14日)に、金属供出のため溶かされてしまいました。しかし戦後2代目「ハチ公」像の再建は、その混乱時もかかわらず昭和23年8月に竣工されました。

思えばその日から61年、今年7月7日ことでした。2代目「ハチ公像」は亡き主人と遭遇することになったのです。いえ、正確に言えば主人を演じた異国の映画俳優、リチャード・ギアと、この渋谷駅前で再会を果たしたのでした。
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by ttru_yama | 2009-10-10 09:42 | お出かけ

0908-0909 東京への移動手段-2

f0005116_855163.jpg「ムーンライトながら」が臨時列車化してしまうと、夜間の移動手段としては高速バスしかありません。定番なのは「ドリームなごや号」などですが、ただこれが結構人気があって満席になることも多く、また名古屋まで出かけなくてはいけません。西三河地区だと「ドリームとよた号」もあるのですが、言ってしまえばこれも似たりよったりの遠地です。(笑)

しかし、2007年5月から「知多半田駅」から「東浦イオン」、「刈谷駅南口」、「知立リリオホール」経由で東京駅まで行く「知多シーガル号」が登場しました。私のような「思い立ったら行く」という人にとっては、予約の煩わしさは同じですが、(「ムーンライトながら」も全席指定だけれど、最悪席がとれなくても、料金を払えば乗せてはくれる)まあ手近な高速バスならこのバスがベストアンサーでしょう。ということで写真は、早朝の東京八重洲口の降車ターミナルです。バスはこの先TDLに近い「新木場」まで行きます。

f0005116_9312160.jpg今や高速バスの人気は高く全国から東京駅へのルートが確立しています。(東京八重洲南口、発券窓口の路線案内)
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by ttru_yama | 2009-10-04 09:40 | お出かけ

0908-0909 東京への移動手段-1

f0005116_22481539.jpg「東京駅と「コロー 光と追憶の変奏曲」展」に戻らないといけないのですが、今日は東京旅の関連話で、お茶をにごしておきましょう。ある調べ物のため8月末と9月のシルバーウィークで東京へ行ってきました。節約旅なのと趣味で8月は18きっぷの「ムーンライトながら」で行きました。そこで全く遅ればせながら気づいたことは、この「ムーンライトながら」が今年3月14日以降のダイヤ改正で、臨時列車化してしまったことです。

車両が写真のような旧国鉄特急に変わったのは、まあ一興かとは思いますが、臨時列車化でこれから困ることは、要するに毎日定期運行していないということです。(これからは18きっぷの発売区間と連動した形となるもよう) 停車駅にしても今までの「ムーンライトながら」は、ある意味「救済列車」的な面で助かっていました。名古屋駅から三河方面への、最終列車以降の近郊区間の各駅停車運行は救いでしたし、早朝にしても一番列車より早く名古屋駅に着く裏ワザ列車だったのです。(停車駅の大幅なカットで、今後これらは不可能になりました)

f0005116_23263863.jpg18きっぷの発売期間にしても、今後「ムーンライトながら」に乗るには、名古屋駅か豊橋駅で列車を待たないと、列車は停まらず通過して行ってしまうのです。今回私は事前に知ったのでいいのですが、この春や夏休みなどいつもの調子で「ながら」を待っていたら、通過していった人もいたのではと心配してしまいます。(写真/臨時列車化のため東京方面の3:19発の「ムーンライトながら」の記述がなくなってしまった沼津駅構内の時刻案内板)(つづく)
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by ttru_yama | 2009-09-26 23:32 | お出かけ

080523 レトロ豊橋の風景展-2

f0005116_058864.jpg地図は昭和6(1931)年発行の豊橋市勢要覧への掲載図(風景展リーフレットより)で、市街区域がピンクと黄色で表示されています。上部の水色の湾曲が豊川で、そのUの字下部に吉田城(緑色部)があります。この城跡こは明治19(1886)年より歩兵第十八連隊が設営されました。左上からの斜め線が東海道本線で、豊橋駅は明治21(1888)9月、市の西部に開業しました。東海道本線は市街区域を抜け南東へ向かいますが、その下辺りが渥美郡高師村(現豊橋市)で明治39(1906)年に第十五師団が設置されました。

f0005116_1505412.jpgちなみに第十五師団の司令部の庁舎は戦後の昭和22(1947)年より愛知大学の本館として使われました。
このように豊橋市は師団を受け入れたことで、軍都として発展した側面ももっています。そういえば2006年4月からNHKの朝ドラで放映された、「純情きらり」でも達彦が入営したのが豊橋の連隊で、ロケなんかも大学キャンパスで撮影されましたね。

f0005116_2142159.jpg写真は「レトロ豊橋の風景展」パンフレット表紙にある豊橋駅前風景です。記事からすると女学生が向かっているのは、大正5(1916)年に完成した2代目駅舎で、横断している線路は駅前まで延長していた頃の渥美線(現豊橋鉄道渥美線)なのだそうです。

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ところで昭和2(1927)年11月、愛知県において陸軍特別大演習が行われました。演習後には昭和天皇の行幸があり、豊橋地区には11月21日、岡崎経由で到着しました。天皇は歩兵第十八連隊等の主要部隊を視察後、岩屋観音のある山頂に登攀し日程を終えます。写真(風景展リーフレットより)はその登攀道途中のものですが、今回の展示会場である市街から離れた、二川宿にもほど近い岩屋まで来て登攀したということは、付近に手頃な山がなかったからなのでしょう。東海道本線の二川駅付近から岩屋観音を眺めることが出来ますが、この山に登頂の記念碑があることは初めて知りました。なお当時あった観音像は戦時供出され、昭和25年再建されたものだといいます。たまには地元の歴史の勉強もいいものです。(疲れたけど・・ね)
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by ttru_yama | 2008-06-01 03:43 | お出かけ

080523 レトロ豊橋の風景展-1

f0005116_21331266.jpg「お出かけ」といっても仕事の合間の話ですが、愛知県豊橋市にある二川宿本陣資料館へ行ってきました。狭い旧道沿いに大きな木組の門があり、乗り入れるとそこが駐車場でした。現在ここでは「レトロ豊橋の風景展」(2008.4.26-6.8)を開催中です。豊橋市は明治39(1906)年8月、全国で62番目に市制を敷きます。愛知県下では明治22(1989)年10月の名古屋市に次ぐ2番目の市となります。東海道を江戸から辿ると、遠州路から三河の二川宿(33番目)に到着します。その次の宿が吉田宿で、古くから東三河の中心都市である豊橋市なのです。


f0005116_2334298.jpgその吉田の町は吉田藩の城下町で、豊川(とよがわ)のほとりに吉田城がありました。城は維新後に明治政府の管理下に置かれ、敷地は兵部省が管轄していました。もともと天守閣はなかった城ですが、明治6(1873)年の失火で建物の多くが消失したといいます。

ところで豊橋市を通ることはあっても(かつて美術博物館へは行きましたが)、素通りがほとんどですので、現在は豊橋公園となっている吉田城址へ初めて行ってみました。写真は昭和29(1954)年に再建された隅櫓・鉄櫓(くろがねやぐら)で吉田城のシンボルともなっています。

f0005116_2321363.jpg建物の背後はのどかに豊川が流れ、左川下に吉田大橋が架かっています。車で国道1号線を走って豊橋市に向かう時、吉田大橋付近でこの鉄櫓が見えると豊橋市にやって来たと感じるのですが、今日初めてその城址に立つ事が出来ました。(笑)
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by ttru_yama | 2008-05-25 00:03 | お出かけ

080503 「ごんぎつね」に会いに

f0005116_9542098.jpg今年のゴールデンウィークは八ヶ岳方面へ行ってきました。まず中央道小淵沢ICを出てJR小海線甲斐小泉駅の前にある、「平山郁夫シルクロード美術館」(1999.7~)へ行き、薬師寺に納められている大唐西域壁画の下図(展示3/9~7/6)を鑑賞しました。下絵ながらその迫力に圧倒されたことです。そしてその美術館の周辺案内パンフレットで、「黒井健絵本ハウス」が隣町の高根町にある事を知りました。従来これらの町は北巨摩郡下にありましたが、2004年11月に清里で知られる大泉村他、周辺の町村合併で北杜(ほくと)市が誕生しています。

そこで早速「ごんぎつね」(写真:絵本表紙/ポストカード)に会いに行く事となりました。もちろん「ごんぎつね」は愛知県半田市岩滑(やなべ)町出身の童話作家「新美南吉(1913-1943)」の作品ですが、その童話に黒井健(くろいけん)氏が挿絵を描いた絵本が1986年9月に発行されています。 その後この黒井氏の絵本は小学校の教科書用に編集して転載されました。(「ごんぎつね」自体の教科書への初掲載は1956年だそうです)

きつねの「ごん」が、病気の母を持つ若者「兵十」をからかおうと仕向けたいたずらから始まった、二人の心のすれ違いの悲しくも切ない物語は、南吉童話の中でもっとも知られる作品となっていますが、黒井さんのノスタルジックな画調により、その情景がいっそう拡がりをみせ、悲しいラストへと読者を導いて行きます。(ラストシーンのやるせないことといったら・・) ごんぎつねの挿絵は多くの絵本画家が描いていますが、このようなこともあり、もっとも浸透しているのは氏の作品かと思います。

f0005116_22213047.jpg清里の中心部から少し外れた道路沿いに「黒井健絵本ハウス」はありました。こじんまりとしながらも高原の風景にも調和した建物は、1階が受付・グッズ・展示コーナーを兼ね、2階には展示コーナーの他に外の景色を見ながら、読書のできる小スペースがあり、絵本作品が種々置かれていました。

ちょうど作者本人も在館しており、訪れるファンの購入した絵本にサインをされていました。絵本「ごんぎつね」に寄せる氏の想いをホームページでみると、この作品は氏にとっても特別な作品だったようです。最初に絵を描いた取材時はもちろんのこと、その後も愛知県半田市の新美南吉記念館を訪れています。「ちょっと不思議な建物でしょう?」と、私が南吉記念館の感想を尋ねると、にっこりとうなづかれていました。
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by ttru_yama | 2008-05-18 23:04 | お出かけ

080217 うさぎ屋でスペシャルランチ

f0005116_21355854.jpg『今日のお昼は「うさぎ屋へいかない?』と突然言われたのでした。「うさぎ屋?うさぎを食わす店か?(うさぎは遠慮しときます。うなぎ屋の間違いじゃない?)といぶかる私。
そんな私を尻目に連れはすぐさま、店に予約電話を入れたのです。幸いキャンセルが出て空きがあるといいます。・・で、連れて行かれたのが、愛知県半田市堀崎町にある「うさぎ屋」さんなのでした。新美南吉も通勤で歩いたという、半田市内の旧道である紺屋海道沿いの古い旧家のたたずまいのこの民家、実は1月の「特捜!板東リサーチ」という地元のTV番組で紹介されたようで、今かなり注目されてるお店なのだそうです。


f0005116_21574129.jpg店内にはうさぎの置物やらがおかれ、コースメニューにも「うさぎ屋弁当とか月うさぎ、雪うさぎ」等が出てきますが、うさぎ肉は出てこないので一安心です。食事処は和室のたたみの上にカーペットを敷き、落ち着いた木テーブルが置かれた部屋です。床の間の掛け軸も季節に合わせ雛飾りの絵になっていました。



f0005116_2295991.jpg頼んだのは人気メニューの「スペシャルランチ」(2100)で、ワカサギの酢の物と菜の花とイクラの先付けの後にでてきたのが、これまた人気の「海鮮太巻き」なのでした。この店オリジナルでマグロ、イカ、タイ、アナゴ(メジロ?)、エビ、キュウリ、玉子、カンピョウ、シイタケ等10種の具材ののり巻きでした。こんな豪勢な太巻きは見たことがありません。ともすればごっちゃになって味が分からなくなりそうな代物ですが、素材の味付けやサイズなどよく計算されていて、口に含むとなんともゴージャスな感じに浸れます。


f0005116_22252089.jpg食事の後はギャラリー「はなくら」でレトロな置物を物色するのもいいようです。近くには米市商店で素朴なお煎餅はどうでしょうか。ごんぎつねのグッズも売っています。
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by ttru_yama | 2008-02-17 22:29 | お出かけ

080106 セントレアで誕生日

f0005116_214068.jpgセントレア(中部国際空港)の謎の旅人「フー」から葉書が来たので行ってきました。届いた葉書とセントレアカードを持ってくれば、「アリスダイニングが10%割引になるんだゾー」という訳です。ということで日曜出勤をせっせとこなして、夕日を追いかけながら空港への道をいそいだのでした。「カードちゃんと持ってきた?」とフー。「ウン」とうなづく私。(クリスマスの時忘れたんだよね)

f0005116_21234814.jpg空港へ着くと同時に陽は落ちて、デッキはトワイライトタイムとなりました。そういえば帰国ラッシュのピークはもう過ぎたのか、あまり海外組の人を見ませんでしたね。もうみんな帰ってきてるのでしょうか。





f0005116_21155678.jpg滑走路もそんなにひっきりなしということもなく、もう普通の日という感じでした。そういえばここ最近空へ飛んでないし、今のところ休めるあてもなし。などと思いつつ、サービスの記念写真をとってもらったのでした。happy birthday to me?! (とりあえず今年も頑張りましょっ。)
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by ttru_yama | 2008-01-06 21:30 | お出かけ