カテゴリ:「20世紀少年」の町( 146 )

0910-「20世紀少年」の町-288 (南吉生誕103年-143)

帰ってきた「ででむし詩碑」-48
f0005116_21173736.jpgさて50年記念誌を続けます。前回は担任クラスの入学記念写真(S13)を見てきましたが、翌14年度からは県の方針で「戦時下の非常時に対応するため職員は学校付近に居住すべし」となり、4月から南吉は新田の下宿に住み込むようになります。もとは安藤らく先生が使っていた下宿です。

以後南吉はこの下宿から学校に通い、週末などに岩滑(岩滑)の実家へ帰るという生活で、食事や昼の弁当などは市内の川本という料理屋でとっていました。下宿といっても母屋とは独立した、長屋門の中の縁側もある独立した部屋で、南吉自身はこの下宿を「宿」と呼んでいました。

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(写真は左ページ上、14年度の職員写真を拡大、南吉は上段左から3人目、ちなみに13年度の職員写真はこちら)さて50年誌の内容ですが、左ページ下は2年目となるS14年12月に発行された、安城高女の同窓会報の記事「職員室近況極あらまし」(全集9巻参照)の一部で、全体としては佐治校長以下、職員、小使いさん夫婦までの近況が、南吉の手により面白おかしく(時にはかなり辛辣な皮肉も交えて?)書かれています。新美先生本人については「新田に部屋を借り、さっそうとステッキで出勤」といいように書いています。

よくこの記事が印刷へ回ったことと感心しますが、会誌の編集委員である戸田先生も目を通していることですから、職員室の楽屋話的には暗黙了解されていたのかもしれません。南吉日記の中にも職員を虫に見立てて、自分は「かまきり」校長は「風船虫」古寺先生「尺取虫」、などと書いたりしています。

右のページは第20回生の「思い出の記」で、農業の時間に豚の世話をした話や、花畑や校舎の中庭の輪洋風庭園の様子、野菜畑の手入れ、田植えなど農業実習の思い出が綴られています。
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by ttru_yama | 2016-02-11 23:02 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-284 (南吉生誕103年-139)

帰ってきた「ででむし詩碑」-44
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さて次の展開をどうしようかと迷いましたが、これまで通り安城高校記念誌を見直しながら、南吉に関連した記事を見ていこうと思います。(断らない限り、主に70年記念誌に沿っていきます)

写真左はS12年度記事になりますが、この年4月南吉の恩人・佐治克己先生が安城高女の校長として赴任してきます。12年度の南吉は、4月から短期の河和第一尋常小学校での代用教員生活が7月で打ち切られ、9月より杉治商会に努め、休日も少なく低賃金の生活にあえいでいました。学校ではこの年7月校章が制定されたとあります。

写真右はS13年度記事で、右上のS13年度職員写真の3列目に南吉が見えます。この写真を説明した拡大版は帰ってきた「ででむし詩碑」-27にありますが、なぜか佐治校長の姿が写っていません。また右上に第16回卒業生が移っていますが、この年南吉とともに4年間を過ごし、卒業する19回生が入学してきます。

この13年度の4月から11月まで、初めての高等女学校教師として忙しかったためか、南吉日記は無く惜しまれます。

学校ではこの13年度末の2月に校旗献納式が行われ、南吉日記にも式の模様が書かれています。ちなみに生徒詩集「雪とひばり」が最初に発行されるのもこの2月です。そのあたりの話は帰ってきた「ででむし詩碑」-19に書いています。
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by ttru_yama | 2016-01-07 23:45 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-276 (南吉生誕102年-131)

與田 凖一のふるさとを訪ねて-1

f0005116_21382362.jpg10月の始め、童謡「小鳥のうた」の作詞者であり、かつ「赤い鳥」の編集者で南吉の上京以後、巽聖歌とともに南吉の良き理解者でもあった「與田(与田)準一の「ふるさと」、福岡県みやま市瀬高(せたか)町を訪ねました。
写真は「與田準一記念館」で、みやま市立図書館に併設された郷土資料室を改装し、2009年10月に開館しました。
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こちらが與田準一記念館の入口付近の様子で、左手に「小鳥のうた」の原稿をバックに立つ與田の姿があり、右手が記念館の入口です。

f0005116_20142137.jpgその右手には市内の小学校の児童の寄せ書きで、與田の詩「ぶどう」のオブジェが飾られています。
『ぶどうのように/ ひとつひとつが/ まるく。//ぶどうのように/ みんながひとつの/ ふさになって。・・』
館内には各小学校の児童が、與田準一について調べたノートが置かれていました。

f0005116_21594727.jpgふだん記念館は撮影できませんが、特別に中を撮らせていただきました。館内は上方に年表や説明パネルがあり、下方の陳列ケースには書簡とか自筆の原稿等が置かれています。

今回 管理する図書館員さんと、ボランティアの方に説明を聞かせて頂きましたが、まだ専任の学芸員までは置けないので、資料整理なども数名のボランティアの方たちが整備中とのことでした。
(ただし南吉との書簡等は見つかっていないそうです)

與田準一(1905-1997)はM38年6月25日、福岡県山門(やまと)郡 瀬高町上庄(かみのしょう)に、父浅山与太郎、母スエの6人兄妹の二男として生まれ、翌M39年に親戚の與田家の養子となりますが、養母養父ともその年になくなり、與田姓のまま実家に戻ります。
この点で生い立ちが南吉と重なりますが、準一はまだ1歳の頃ですから、南吉のように寂しいとかの記憶はなかったことと思います。

f0005116_2342768.jpgここからは記念館の資料などを参照しながら、與田準一のふるさとを見ていこうと思います。まずは館員さんの車で與田準一の生家跡に連れて行っていただきました。
みやま市は、北原白秋の生家のある柳川市とは隣町となりますが、市境を流れる矢部川にかかる瀬高橋付近に、その生家跡があります。

残念ながら雨が激しく車内から眺めるだけでしたが、この写真の赤い家の手前付近の敷地が、與田の生家があった場所です。ただここには7歳までで、その後鹿児島本線の瀬高駅付近に転居します。(つづく)
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by ttru_yama | 2015-10-17 09:00 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-257 (南吉生誕102年-112)

帰ってきた「ででむし詩碑」-29

f0005116_99078.jpgゴールデンウィークも始まり新美南吉記念館では、県外ナンバーの車が目立つようになりました。権現山風景も菜の花の黄色が終わり、今はポピーの赤が咲き誇っています。

さて「ででむし詩碑」ですが、今日は碑に刻まれた碑文の話です。すでに書いた通りこの詩は生徒詩集「雪とひばり」の序文として書かれたもので、冊子の発行月はS14年2月となっています。

f0005116_9431888.jpgそしてこの碑文については、帰ってきた「ででむし詩碑」-26でも少し書きましたが、「新美南吉と親しむ会」会誌「花のき」十一号に、神谷昭平先生が蝸牛詩碑の筆跡」と題して考察を述べられています。(写真同ページより転載)

例によってそのあたりを、抜粋および要約させて頂きます。
『・・正面に、南吉が昭和十四年第一生徒詩集「雪とひばり」の巻頭に載せた「はじめに」と題する詩を、略々そのまゝの字体で九行に刻み、右に正八の署名、左下やや離れて昭和一四年二月の日付がある。・・』(以下要約)

・蝸牛詩碑の筆跡についてはいろいろある。
・説①佐治校長が刈谷高女に転任する際、南吉に書かせたものを原本とした。
・説②碑の文字を書いたのは、習字、農業を教えていた古寺研珠先生。
・筆跡やその他から判断して、「古寺先生が生徒詩集の文字を復元する役を請け負ったのでは」と推測。
となっています。

現在の詩碑と、拓本の「位置関係」を下に示しておきます。
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by ttru_yama | 2015-05-02 23:45 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-243 (南吉生誕101年-96)

帰ってきた「ででむし詩碑」-15
南吉生誕100年-リーフレット-57
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さて目指す最終目的地は左端の安城高女(橙色枠)なのですが、前回に引き続き寄り道して、桜町交差点(赤〇)から下(南)にある警察署以下の建物です。
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で、これがその南西エリアにあった、安城市役所(上方)周辺の航空写真(「写真集 明治大正昭和 安城」より)です。撮影時期が不明ですが、安城市制はS27.5以降ですのでその近辺かと思われます。

少し説明しますと、桜町交差点から南下してくるのが下端の道で、前回の警察署などはこの右手になります。
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別写真(S28冬、大雪の日)で見比べると、通りから少し入った付近に門柱があり、張り出した木の向こうに玄関が見えます。この市役所の場所は位置的にみて、現在の安城市文化センター(マツバホール)となっていますが、生誕100年でも数々の南吉イベントが開催されたところです。(ちなみに現在の市役所は、左に写っている道路の左にあります)

f0005116_17415349.jpgところで市役所全景の写真で注目すべきところは上部、特に右上の部分です。
上部に広場がありそれを囲むように、木々が植わっています。そして右隅には少し建物が見え、その手前にあるのは水田のようです。
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この付近の様子を現在の写真に照らし合わせてみると、だいたいこんな風景になるかと思います。
ここに写っている道が、上の写真でどの辺りなのかはっきりしませんが、左の茶色い建物は文化センターで、正面が桜町小学校となります。ですからおそらく、この道の右手方向に水田が広がっていたと思われます。

また道を歩いている人々は、南吉生誕100年である、「没後70年記念式典~南吉先生を偲ぶ会~」(H25.3.20)の「第1部」を終え、昔の母校があった場所で行われる「第2部」に参加する卒業生さん達の姿です。

つまり旧の市役所写真上部に写っていた広場は、南吉先生の勤めていた安城高女(現桜町小学校)の校庭だったのでした。
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そしてリーフレットの方は、2013.12.21の半田市岩滑小学校体育館の、新美南吉生誕100年フィナーレ、第1部で配布された栞です。
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舞台ではたくさん催しがありましたので、細かい話は栞参照ということで会場の雰囲気写真です。
第2部は提灯行列にて場所を移動し、南吉記念館にて行われました。その提灯行列の様子は、「南吉生誕100年-45」をご覧ください。
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そしてこちらが第2部・南吉記念館の広場での「たき火」「明日」の合唱の様子です。そして最後に今後も南吉の世界を伝えようと、榊原半田市長をはじめとして「夢つなぐメッセージ」が読み上げられ、生誕百年実行委員会主催のイベントは全て終了しました。
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by ttru_yama | 2014-12-29 23:00 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-161 (南吉生誕100年-23)

あと1週間程で7/30の南吉生誕100周年となり、いよいよ(イベント満載の)恐ろしい週間に突入してきました。南吉記念館、半田市役所、安城市役所、南吉館でもカウントダウンカレンダーが、ついに1ケタ台となりました。
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ということで、南吉が青春を過ごしたまち・安城市では先々週くらいに、安城駅西駐車場の壁画(「巨男(おおおとこ)の話」③)に次ぐ、ビッグなウォールペイントが、すぐ隣にある日本通運安城倉庫の壁(「南吉の願い事」②)と、そのすぐ後ろの安城駅自転車駐車場の壁(「大力の黒牛と貨物列車の話」①)に完成しました。ということで、現在25の壁画が完成しています。
と、まあそれはいいのですが・・。
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これは安城市の7/27~30までの百年祭イベントチラシです。これだけでも大変そうなのですが・・。
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さらにこちらは生誕地・半田市の7/27~8/4までのイベントです。といっても小さくて良く分からないと思いますので、詳細は安城市イベントと、半田市生誕百年公式ガイドブックPDFのP.7~P.8をご覧ください。まあ心の中の叫びは、「いったいどうしろっちゅうんじゃ~」という感じです。(笑)
これまでの生誕100年事業は、両市ともなるべくイベントが重ならない様になっていましたが、事ここにいたってはどうしようもない状況なのでしょうね。
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ということでもう悪あがきせず、先週の続きの桜写真を載せておきましょう。
左上から順に南吉生家の北方にある高田橋付近にある「ごんごろ緑地」の桜、矢勝川(右)と安川(左)の中州となる「ででむし広場」、その「ででむし広場」の向こうに見えるのは権現山で山の中央が白っぽく見えますが、権現山に建っている五郷社の桜です。
(ということでうちのブログはまだ4月の桜ですが、安城のデンパーク付近では、稲の苗も育って「南吉たんぼアート」が見頃です)
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by ttru_yama | 2013-07-21 23:20 | 「20世紀少年」の町

0910-1306 「20世紀少年」の町-153(あいち戦国姫隊・新生デビュー)

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「南吉生誕100年」のつづきが長引きそうですので、すでに5/29新生デビューを果たした「あいち戦国姫隊」の様子を、一回挟んでおくことにします。

写真はその当日一般公開された、名古屋城の本丸御殿玄関の「竹林豹虎図」です。ということで、今年度あいち戦国姫隊は、すでに4月から第1第3水曜日に、江・まつ・おね様三人により名古屋城で、プレおもてなしを開始していたのでした。
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そしてこちらは5/29 二の丸広場において、新たな3姫を迎えての初演舞 冒頭のシーンで、右から新生の「吉乃」「於大」「市」姫になります。
何やらロボットのようにも見えますが、「からくりの姫テクノ」というタイトルの演舞で、山車のからくり人形やぜんまい仕掛けの茶運び人形を、イメージしたものと思われます。
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こちらは演舞終盤の各姫による口上直前の場面です。このあと一人づつ顔を隠した扇をとって、自身の口上を述べるのですが、扇で顔を覆うのが見られるのはフルバージョンの演舞ならではのことです。
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(写真、6/2豊明市・桶狭間古戦場まつり演舞) 実は口上の前に取り入れられた演舞がこちら。EXILE以来有名になったローリングアクションです。他の武将隊でも取り入れられていますが、ゆったりと優雅に円を描く演舞は姫隊ならではでしょう。
とはいえ一番前に立つ我等が江ちゃん、「先頭だし、後ろが見えないのでタイミングが分からないので大変。」と言ってましたね。(笑)
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by ttru_yama | 2013-06-03 22:11 | 「20世紀少年」の町

0910-「20世紀少年」の町-149(江ちゃん里帰り-新・長浜編-14/市様里帰り)

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南吉話が続きましたので、今週はあいち戦国姫隊の話に戻りますが、本題の「江ちゃん里帰り」どころかこの3月31をもって、(写真左から)於大様・吉乃様・市様の三姫が、天に還られてしまいました。
写真はその日の様子ですが、特に市様はめったにしない「お市とともに天下統市!!」という大サービスポーズに注目です。(たぶん演舞で見せたのは3回くらいか)

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ということで、その日は姫にまつわる小芝居が特別に演じられたので、その中でも浅井親子の芝居を、振り返ってみたいと思います。
舞台は本能寺の変にて信長様亡きあと、市様に二人目の夫となる柴田勝家様との縁談が舞い込み、江ちゃんが反発するという場面ですが、市様も言われてたよう江ちゃんの、10歳の設定がどう見ても20歳以上に見える、という年格好には目をつぶっておきましょう。(笑)
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いったんは母の手を、振りほどいた江ちゃんでしたが・・。
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あえなく、捕獲されてしまいます。
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市様に、お家のため お前たちのため、と諭される江ちゃん。
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いつしか泣き疲れて、寝入ってしまった江ちゃんと、「わしは義の姫、市じゃっ」と、義の心を説き会場をホロリとさせた、お市の方様の好演ぶりなのでした。
よっ、浅井親子!! 戦国一!!
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by ttru_yama | 2013-04-03 22:00 | 「20世紀少年」の町

0910-1210 「20世紀少年」の町-138(江ちゃん里帰り-新・長浜編-3)

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では小谷の舞台、昨年のステージと比べながら見ていきましょう。まず昨年の「華舞台」での、ゆるキャラと「歴ドラキッズ」(手前)です。

三重の「GOちゃん」(中央左)と、その右の岐阜の「のぶさま」が、デカイですね。その右がひこねの「しまさこにゃん」と「いしだみつにゃん」、そしてステージ上に長浜の「浅井三姉妹(江・茶々・初)」、三姉妹を囲んでちょっと影になってますが、浅井の「ながまちゃくん」「おいちごちゃん」です。
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そしてこちらが今年新設のステージで、「浅井三姉妹」と今年の「長浜・戦国大河ふるさと博」のキャラ「三成くん」です。

なんでも三姉妹の登場も久しぶりだそうで、三成くんとも初顔合わせとなり、今日限定の組み合わせなんだとか。まあ、「江・浅井三姉妹博」は終わっちゃったので、公式キャラだった「三姉妹」もしばらくぶりだったんでしょうね。

でも今日の三姉妹はただ動いてるだけでなく、じゃんけんゲームでちびっこ達を盛り上げていました。
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by ttru_yama | 2012-10-27 09:30 | 「20世紀少年」の町

0910-1210 「20世紀少年」の町-137(江ちゃん里帰り-新・長浜編-2)

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1年前を懐かしんで、昨年2011年(左)と今年(2012年(右)の、プログラムの一部を比較してみました。

「長浜歴ドラ隊」さんは、期間限定でしたから出演は無くて当然なのですが、いわゆる演舞する「武将隊」の枠でくくると、今回は「あいち戦国姫隊」が、その唯一の代表という重要な位置づけです。

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といいながら、未練がましく昨年の「歴ドラ隊」の、「市さま」画像を、載っけてみました。

名古屋のさる武将隊の天に還られたお館様は、現在姿を変えてMC等に活躍中ですが、そんな感じでもいいので、市さまとの再会ができなかったかという思いでしたね。
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by ttru_yama | 2012-10-20 20:25 | 「20世紀少年」の町