カテゴリ:大島弓子( 10 )

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-10

・・さて、前回からまた追加で大人買いしたので、大島サンのマンガが続々届いています。でも今大変困った状況にあります。前回では「秋日子かく 語りき」から、作品を遡っていこうと思ったのですが、それ以前に(まだしっかり読んでいませんが)「ロスト ハウス」とか、「つるばらつるばら」、「ロングロングケーキ」(←これは読んですごいと思った) など文庫のタイトルにもなった作品があるのに、これを飛び越えて遡るなんてできない、と思ったわけです。(このあたりの気持ち的には、あの作品を見逃して・・という後悔の予感がしてならない所からきているのです)

かといって、初期から見直すという方も作品が手元に無い場合、記憶も全くうすれているので記事にならない気がします。しかしながら、こちらの方式のほうが正攻法である事にまちがいないし、新たにコミックス化されてくる可能性も低いわけ(絶版が見つかる事が、あるかも知れませんが)なのです。ということで多少不安はありますが、私が見た初期作品からなぞって見ていきたいと思います。

ところで今回いろんな人のブログや作品リストの確認で参照させて頂いている「White-Field」さんをはじめとするHPを見ました。2チャンネルの部分的なスレや、男の読者も結構いることに感心したり、コミックス未掲載作品を見る為に国会図書館に行くという(そこまで! というかある意味羨ましい)人もいたり、コミックス未掲載作品の復刊を望む人達などがいたりして、大島ファンの熱い想いを再確認しています。

f0005116_23282941.jpgということで「秋日子かく 語りき」は、それまでお預けなのですが、実はこの単行本(ASUKAコミックスでない方の「秋日子かく 語りき」/初版2003)には大変な「おまけ」がついています。それは大島サン自身による作品の思い出や解説があるからです。(写真は本の裏表紙となります)
角川の本へ大島サンが作品を描くのは「秋日子かく 語りき」が最初の作品(月刊ASUKA/1987.01/角川書店)となったということで、これを2003年にASUKAコミックスからあらためて単行本化した際の企画だったのでしょう。(こういうのは他社にはみられないところ)

この本人よる作品解説には「ポーラの涙」(1968.04)から、「すばらしき昼食」(1991.06)までが部分的に選択して載っています。こういう企画は今後もまたやってもらいたいところですが、その中の話もとりまぜて行きたいと思っています。
ということで、思いつきでいろいろ話の進行が変わるのがウチのブログの特徴ですが、次回からは初期作品から見ていく予定です。(たぶん・・。) 長期化しそうなので、滞っている続き物も時々織りまぜながらして行かないととも思っています・・ハイ。(汗;;)
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by ttru_yama | 2008-11-09 00:47 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-9

「秋日子かく語りき」(1987/1)。題名は聞いた覚えがあるのですが、コミックスは現在無くて、ネット記事で調べても既読なのか不鮮明です。このあたりは大島作品から離れてた時期でもあります。今回いろんな方のネット記事見ると避けて通れない作品のような気がしますので、少し書いて見たいと思います。またNHKがこの原作を主人公を宮崎あおいさんでドラマ化(2004/1~2)した「ちょっと待って神様」(見ていませんが)のページに大島サンのコメントが載っています。そしてBSマンガ夜話(1996/8)でも取り上げられたようですが、この頃家にBSは無かったのでした。(笑) しかしこの番組「ポーの一族/(萩尾望都氏)」なんかも、こんな以前に取り上げていたとは・・。

ということで「あらすじ」は、先程の方のネット記事を引用させて頂こうと思います。
『「秋日子かく語りき」はすてきな作品です。同時に事故に巻き込まれた二人。54歳の主婦と高校二年生の秋日子(あきひこ)。 秋日子はまちがいで来たのだから今すぐ自分に戻りなさいと神様の使いに言われます。主婦は人生に納得してないので生き返らせて欲しいと訴えます。それを聞いていた秋日子はしばらくの間自分の帰り道を貸してさし上げましょうと言い出し主婦は六日間だけ秋日子になって生活することになります。』(myucoさん)

まずタイトルの「秋日子かく語りき」はいうまでもなく、「ツァラトゥストラはかく語りき」からとったものでしょう。音楽的にも映画「2001年宇宙の旅」のオープニングのファンファーレとドラムの音で有名です。ニーチェの永劫回帰についてのページを見ると「秋日子かく語りき」にも関連する内容ですので、勉強家の大島サンのことですから、そんな内容も踏まえてのことなのでしょう。この作品例のように大島サンのタイトルは深い事もあるのですが、時に内容をほとんど現して無さそうにも思える事も有ります。まあそういうのは予告掲載時に、まだネームがほとんど出来ていなくて発表したものかなと思っています。予告の表紙の絵なんかに、違和感があるときなんかもそういった事情があるようですから。そうして大島サンの修羅場が始まって行くんですね。

大島サンの漫画には、こうした黄泉と現実の生死の世界の交錯が時々描かれます。前回紹介したの「8月に生まれる子供」(1994/07)なんかも、少しばかり関連がありますし、「四月怪談」(1979/06)は全面的にその世界で、「10月は二つある」(1975/10)や「F式蘭丸」(1975/08-09)なんかもこういう事象に関係する作品です。この手の世界を漫画で(ファンタジックに包んで)描けるのも、大島サンの持つ力量ではないかと思います。

(この続きはコミックスが届いてからにしましょう)
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by ttru_yama | 2008-11-01 21:40 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-8

さて大島サンのいる吉祥寺の風景シリーズは終わったわけなのですが、実はまだ何か書こうと思って書き足りていない、もやもやとした心の底にうごめく物があるのです。それを吐きだす機会はもう今しかないと思っていても、それでいてそれをどう纏め、どう書きあらわしていけば良いのか、その道筋が見えていないのです。(何が書きたいかというと「BS漫画夜話」みたいな、あーでもない、こーでもないと言いながら漫画の魅力に迫るものです)とはいえ全ての作品が好きかというと、そうでもない中途半端なファンでもあります。

f0005116_9201692.jpgしかしそれには制約もたくさんあります。一つは全ての作品を読んでる訳でも無く、読んだけれどもすっかり内容を忘れて、手持ちのコミックスにも掲載されてない作品もあります。
もう一つは画像を紹介する制限があることです。著者と発行元に著作権のある漫画の事ですから、そのシーンを掲載して説明したいのは山々ですが、まあ単行本の表紙ページぐらいはお許し願うとして、内容まで許可を取って掲載するのはなかなか難しい事です。
一ファンがそれをなし遂げてしまった本が、写真の「大島弓子 マンガの魅力」(一柳芳栄・斉藤裕美子著/清山社)なのですが、本当に頭が下がります。(この表紙の絵は「綿の国星」です)

と言っていても、なかなか進みませんから、中途半端は覚悟の上で始めてしまいましょう。まずは映画のシーンで言い忘れた事です。映画の中で大島サン他アシスタントが、疑似老人体験のために手足に重りを付け、視界矯正眼鏡をして町をさまよう場面がありましたが、これはもちろん作品「8月に生まれる子供」を描くための疑似体験(その成果が作品中にいかんなく出てきます)ですね。

「8月に生まれる子供」」(1994/07)は主人公、大学生の種山びわ子が、わずかふた月程の間に猛スピードで老化し、ボケから始まり母親より年老いた体となり、あげくのはて徘徊する老人になって行く物語ですが、大島サンは本当ならこの悲壮感ただよう話を、時にはコミカルにあまり深刻にさせず、新しい命への生まれ変わりとなるかのように表現していきます。この現実と実際にはあまり遭遇しない非現実的世界とを行き来しながら、何らかの安らかなラストシーンへ導くのが、中期から主流となる大島作品の基本構造です。この作品で好きなセリフは、老女の姿になったびわ子が玄関先で母に言う言葉、「いっとくけどデートだからついてこないで」ですね。

f0005116_1101447.jpg紹介出来る範囲で順番に作品を遡って見ましょう。(作品年代はこちらのページを参考にしました)
「サバシリーズ」(写真/白泉社文庫)は「月の大通り」(1988/10)から始まり、サバの天国と地獄」(1992/08)まで6年に渡る長編のエッセイ漫画です。大島サンの愛猫「サバ」との出会いから、その交遊を通しての大島サンの日常生活(本人が言うには赤裸々な?!猫との同棲生活)や人生観が綴られているので、ファン必見の漫画です。

ところでサバは雌猫なのですが、なぜかナルシストで哲学的なニヒルな雄猫(来た頃はかわいい雌猫の絵柄だった)のように描かれています。このあたりがグーグーとは全く違います。シリーズ前半の見所は「わたしの屋根に雪つもりつ」(1990/02)です。大島サンはいろんな詩を読んでいるようで、タイトルは中原中也の「生ひ立ちの歌」に出てくるフレーズ「私の上に降る雪は」にヒントを得たように思います。

「わたしの屋根に雪つもりつ」ではサバの「蚤取り」をした事から、大島サンは蚤の老婆「ばさま」に呪いをかけられたりします。またここでは「禁じられた遊び」(1971/08)のミッシェルとポーレットにも再会できます。ということで1回で終わらす予定でしたが、これを機に作品を見直したいのでもう少しかかりそうです。
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by ttru_yama | 2008-10-26 12:37 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-7

f0005116_22191625.jpg動物園のある自然文化園(本園)から分園の方へ戻り、弁天橋を歩いて行きますと右手に弁財天の建物がみえて来ます。この建物は映画の中では麻子がネームを作ったり、子供達から頼まれて猫のサバを引き取った場所に使われた所だと思います。漫画グーグーシリーズ2のお正月シーンでは「弁天様に初詣して」という大島サンのセリフが出てきます。


f0005116_22313830.jpgそしてまた噴水が現われました。「大島弓子の世界-6」の七井橋の所で、夜中に麻子がグーグーを捜して橋を歩いて行くと、次々に噴水が吹き出すという、映画の中の幻想的なシーンの話を書きましたが、実際はこの弁天橋のシーンのようです。というのは映画ではこの弁天橋を渡りきった向うに、サバと遭遇する「ペパカフェ」があるからです。


f0005116_22432781.jpg
ペパカフェ フォレスト(PEPACAFE' forest)はアジアン系のカフェレストランで、ラーメンなど普通の日本食メニューもあるエスニック料理の店です。オープンな店構えで、店外とを仕切る窓がなくコテージの軒先感覚的な店構えです。店内は東南アジア系のお客さんも多く、この店の異国情緒はどこの国に由来するものだろうかと思い、レジで聞くと不思議な文字で書いた張り紙がしてありました。それはタイ語で、「アルバイト募集中」なんですよ、と言われました。ということで確かにそれらしいエキゾチックなメニューもあります。飲み物は普通にコーヒーやコーラなんかも有りますが、ドリンク系の値段はちょっと高めですね。

f0005116_2364934.jpgさて、この店は映画の中では、麻子が亡くなった飼い猫サバに会うシーンが撮影された場所です。店の奥の方にあるライオンの絵は映画でも背景に登場しました。大島サンの漫画同様に、人間の姿になった猫のサバを演じたのは「SAYURI」にも出演していた大後寿々花さんです。ライオンの絵の左手奥のテーブルが再会の場所でした。そしてこの店にも「グーグーは猫である」のポスターが貼ってありました。窓の外を見ると、外から店の写真を撮る人が多くいます。たぶんグーグーの映画を見たファンのようです。
(と、井の頭シリーズはこれで終りですが、ちょっと中途半端な感じですね。次回もう1回いきましょうか。)
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by ttru_yama | 2008-10-18 09:00 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-6

f0005116_22462952.jpgさて井の頭公園の七井橋です。ここだったか橋のシーンで印象的なのは夜、大島サンこと麻子が猫を捜して橋を渡るシーンです。人気も無い暗い公園。橋の中央付近に麻子がやってきます。するとどうでしょう。麻子が進むにつれて・・

f0005116_2312266.jpg停止していた公園の噴水が、次々と水を吹き上げるのです。さながら何か事件が始まりそうな幻想的なシーンでした。その事件とは亡くなった最初の飼い猫のサバと再会する事なのですが、その話は後にしておきましょう。
橋の向うの建物はボート乗場です。橋右方向の森は井の頭自然文化園(分園)で水生物や野鳥等が見られます。井の頭自然文化園は有料ですので、ただ公園を散歩する人は、ボート乗場の向うにある狛江橋を渡り通り抜け対岸へ出ることが出来ます。

f0005116_8434912.jpg野鳥のいる分園と、動物園のある本園の位置関係は図の通りです。私は七井橋を渡らず野口雨情の碑や御茶の水の湧水地を見ながら池の北の道を歩きました。そうこうしているうちに16時近くになってしまいました。
自然文化園の最終入門時間は閉園1時間前の16時なのです。急いで吉祥寺通りの歩道橋を渡り、動物園のある本園(400)のゲートに滑り込みました。もちろんゾウのはな子(大島サンはハナコさんと呼ぶ)に会うためで、まっしぐらにゾウ舎に向かいます。でもすでにハナコさんの姿は広場にいなかったのでした。(ここまで来ながら!!)

f0005116_14474762.jpg幸いハナコさんはゾウ舎で食事をしていたのですが、太いオリの陰になって、写真写りがよくありませんのでパネルの方をまず見ていただきます。
ハナコさん(推定2歳半)がタイから日本に来たのは、戦後の昭和24年のことでした。都内各地を移動し井の頭自然園に定住することになったのは昭和29年からです。一時は人身事故を起こし危険なゾウと騒がれたこともありましたが、歯の抜けた現在も飼育員の特別食を食べて元気な姿を見せています。

f0005116_15204748.jpg係員といえば映画「グーグーだって猫である」にも、ゾウの飼育係の人が登場し、タイ語でハナコさんに話しかける場面がありました。大島サンの漫画サバシリーズには「アンブラッセ」以来、セーラー服姿で三つ編みの巨漢な女子高生姿で登場しますが、ハナコさんはいつ行ってもふりむいてくれないと書いています。

その後の「わたしの屋根に雪つもりつ」で初めてふりむきますが、その眼は人間の方を見てないとあったり、「大きな耳と長いしっぽ」では、圧倒的な存在感のハナコさんから、『(何もしてないように見えるけど)わたしは! はたらいている! こうしているだけでも わたしはかせぐの』と、どアップで大島サンは説経されてしまいます。おそらくハナコさんは無心な表情をしてるだけだと思いますが、こうした動物との心理的描写が描けるのも、「綿の国星」で培った大島ワールドのなせるワザなのでしょう。

f0005116_15564135.jpgさてこちらがゾウ舎の中のハナコさんです。(ほとんど見向きもされませんでしたが、この時初めてオリの外側に鼻を出しました) 現在61歳で日本にいる象の中では飼育年数が最長です。ゾウ舎の傍らには東京消防庁から、防火の予防広報に協力したということで感謝状が掲げられていました。ハナコさんの観覧終了時間の16:30がせまっていましたが、熱心な はな子ファンの人が最後まで見まもっていたことです。(井の頭シリーズ次回ラストです)
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by ttru_yama | 2008-10-12 16:20 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-5

f0005116_21515526.jpg井の頭公園入り口付近、ある店のたたずまいに、「あれっ?!」と思いました。映画の中でこの店は打ち上げか何かで、大島サンこと麻子他アシスタント森三中の面々が、焼きとりを囲み、おおいに盛り上がっていた場所ではないですか。その名は「いせや公園店」。焼きとり、ツクネ、タン、ネギ何でも80円の安さです。日曜日の15:45分、それでもお店は満席で席待ちのグループもチラホラです。


f0005116_2221462.jpg いえ、それだけではありません。買い物主婦が店頭で焼いてる傍から買っていく、サトウのメンチに引けを取らない活気良さです。(吉祥寺、恐るべし!!) 大島サンの漫画に焼きとり屋さんは出て来ないのですが、座敷に座っての打ち上げパーティなんか実際アリなんでしょうか。いちおう映画ではのれんをくぐった左側の座敷が映っていましたね。


f0005116_2251864.jpgいせやさんから公園の入り口(○印)にやってきました。写真が井の頭公園の全体像ですが、正式には宮内省から下賜されたので井の頭恩賜公園(大正6年開園)といいます。
公園内には井の頭池がありボート遊びも出来ますが、この池は湧水で井の頭とは「上水道の水源」、「このうえなくうまい水を出す井戸」の二説からきています。またかつて七つの湧水口があったので七井の池とも呼ばれ、池の中央部にかかる橋は七井橋という名がついています。(大島サンもサバシリーズ「サバの夏が来た」、「大きな耳と長いしっぽ」で「七井の池」と書いています)
公園敷地はほとんど武蔵野市ですが、敷地の右上部(西園)は三鷹市に属し、テニスコートや三鷹の森ジブリ美術館があります。漫画にも映画にも登場する象の「ハナコさん」は、右下部の井の頭自然文化園(本園)の動物園にいます。

f0005116_9533872.jpg池の周囲には桜の木が350本ほど植えられ、大勢の花見客で賑わいますが、漫画サバシリーズ「すばらしき昼食」にも描かれています。その日はサバの避妊手術があった日で、公園にはなぜか奇跡的に人が途絶えていて、大島サンは桜の花吹雪の中をサバへの罪の意識にかられながら歩いたのでした。
公園内にはソロ(カバノキ科落葉高木、別名アカシデ)、クヌギ、ナラ他の雑木林が拡がり、武蔵野の面影を残しています。また水源であったことから、縄文時代の「井の頭池遺跡群」が地下に眠っており、サバシリーズ「サバの秋の夜長」「すばらしき昼食」にも、大島サンのマンションから見た古代土器の採掘風景や、御殿山の石器の話が出てきます。(もう少し続きます)
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by ttru_yama | 2008-10-05 11:56 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-4

f0005116_9312252.jpgそういえば吉祥寺の駅名標が「チキジョージ」、隣駅の三鷹が「夜たか」、西荻窪が「昼荻」として登場するのは、「綿の国星」でした。そして、この時「須和野チビ猫」は飼い主時夫のバスケットに入れられ、快速高尾行きに乗り、チキジョージまでのどきどき電車旅(この情景描写は圧巻です)をするのでした。でも大島サンはこの頃はまだ、猫を飼っていなかったようです。ちなみに映画でサバは、近所の子供たちから捨て猫を頼まれて引き取ったシーンがありますが、実際は生後2ヶ月の家猫を譲り受けたのでした。(サバシリーズ「サバの秋の夜長」)

f0005116_2256383.jpgあらためて北口から吉祥寺駅ビルを振り返ってみましょう。写っているオレンジストライプの電車はJR中央線列車で、吉祥寺駅には快速が停まります。ただし、吉祥寺近郊の駅はどの駅も快速が停まるのでこの付近はほとんど普通区間状態です。ただし特別快速(通勤特快)は停まりません。
JR線の駅ビルはロンロン(LONLON)で、大島サンは最初の飼い猫「サバ」(アルファベット表示はSAVA)のお誕生日ケーキをここで買っています。(サバシリーズ「サバの夏が来た」)後ろに見えるのはユザワヤ(手芸・工芸・ホビー用品の店)で京王井の頭(いのかしら)線の駅ビルに入っています。

f0005116_21375820.jpgハーモニカ横町(映画ではハモニカ横町/漫画サバシリーズ「アンブラッセ」ではH横町として登場)の佐藤精肉店を捜して、北口アーケード街サンロードへ入り込んでしまい、途中左へ折れ曲がり伊勢丹、東急、そしてパルコ方向に戻りかけました。(パルコで大島サンは「般若心経入門」を買ったと「サバの秋の夜長」にあります) そのパルコのひとつ手前の路地を入ったところがハモニカ横町の一角でした。

後になって思えば、実はハモニカ横町はサンロードへ入る前を左に曲がればよかったのでした。ところでこの通りはサンロード以上に人でごった返しています。というより佐藤精肉店の前で行列ができ、行く手が阻まれているのです。f0005116_2264815.jpg そしてこれが映画の中で(大島サン役である)小島麻子がアシスタントに「グーグーの意味が分かったら、サトウのメンチカツ1年分」と懸賞品にしたいわゆる「サトウのメンチ」です。漫画の中では店の話は出てきませんが、犬童監督が大島サン等に取材でもした時、ここのメンチカツのことを聞いて映画に採用したのでしょう。
そのシーンではアシスタントである森三中の目が輝いたことです。そしてそのお値段は1個150円(ナント松阪牛入り)で、5個買うと単価が140円(要するに700円)です。店員さんもたくさんいて、すごい活気のある店でした。もちろん普通の肉やとんかつなども売ってます。

f0005116_22511059.jpg駅構内を抜け、吉祥時公園口から駅南にでて路地を抜けると丸井デパートが見えてきます。このビルのある通りが井の頭通りで、右方向にゆくと丸井無印良品館、その前には丸善ビルがあります。この丸井と隣の茶色いビルの間を行けば、井の頭公園に出ます。




f0005116_9452526.jpg後追いで記事を追加していますが、この井の頭通りの写真で見逃せないのは、茶色のビルの右隣の丸井無印良品館(縦長の赤茶色の看板のあるビル)です。実はサバシリーズには「M屋」という高級スーパーが登場し、大島サンはよくここで食料品やサバの缶詰などの買い物をします。大島サンの漫画にはよくスーパー袋をさげた姿が描かれていますね。 商品の並べ方がきれいなので、見るだけでも気分転換になるようです。(「アンブラッセ」)

「すばらしき昼食」では公園で慣れてないナンパに出会い、免疫性のない大島サンはどぎまぎしてその場を逃れ、M屋に入るとすっかりその事を忘れ花見弁当や食料等を買っています。
そのときのセリフも面白いですね。『M屋の自動とびらはこの世のカラクリ戸だ。ここに入ると今までどんな世界にいよーとガラリと次元が 変ってしまいます。』とあり、ネーム中にM屋に行くとアイデアが消えてしまう事を恐れています。ところでナンパ事件にはその後があり、この時M屋で買ったアイスクリームにドライアイスが入っていなかったことで、せっかくその気になった大島サンの恋愛モードは途切れてしまうのでした。(くわしくはサバシリーズ「すばらしき昼食」を見てください)

また仕事場での食事なんかにもM屋の弁当が出てきます。(「サバの天国と地獄」) ということでM屋の場所をネットでいろいろ調べたのですが、今まで不明でした。(10/12) なんとなくサンロードのアーケード街にある、高級スーパーの三浦屋みたいな気がしましたが、漫画に出てくるビルの店構えとは違うので書くのを止めていました。でもやっと吉祥寺のスレッドの書き込みで、以前の三浦屋が無印良品館にあった事がわかりました。(もう15年余りも時が経っています。書き込みした人に感謝。) それではまた次回です。
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by ttru_yama | 2008-09-29 00:12 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-3

f0005116_22293050.jpg気のせいか一時的にブログ訪問される方が、ほんのちょっぴり増えた気もします。これはやはり大島サン効果?!なんでしょうか。 というわけで「グーグーだって猫である」1~4巻(角川書店」)も衝動買いしまして、「大島弓子の世界-3」の始まり~始まりです。(笑) 映画ではグーグーだけの出演でしたが、今や増え続ける迷い猫(4巻ではナント13匹!!)のために?、長年暮らしたマンションと仕事場を引き払い、一軒家まで買ってしまった大島サンなのでした。

大島サンは病気や弱った捨て猫を見かけると、ほっておけなくなるのです。4巻のビー(2番目のメス猫)の失踪にはハラハラさせられましたね。楽しいこともいっぱいある猫との生活ですが、心配事の種の尽きない生活で、この人こんな状況で本業の漫画描けるのだろうか、などとそっちの方も心配になったりします。

f0005116_22445316.jpgその大島サンですがメディアに出ない分だけ、自画像が代わって漫画で登場します。右の自画像は「F式蘭丸」(サンコミックス/昭和51年9月)の裏カバーに載っている自画像(許して下さい)ですが、これと現在の「グーグーは猫である」の自画像(主人公)を見比べると、かつてのファンとしては本当に月日の流れを感じてしまいます。

自分を棚に上げて、あんまり他人の年のことを言って叱られそうですが、ずいぶん大島サンもオバサン化(失礼!)してしまいました。これを映画では小泉今日子さんが演じていたのですが、往年のキョンキョンもやはりそれなりの年令になってきて、長いチリチリヘアもたぶん本人に似せたものと思いますが、見てるとなかなか年令的にも演技的にも、適役になってるんだなと思えたことでした。

f0005116_23341669.jpgさて、突然ですがこの連休は中央線に乗って、「グーグーは猫である」の舞台である、吉祥寺にやってきました。(もちろん出張仕事もあってのことですが)

JRの駅ホームからは「ユザワヤ」の赤文字が見えました。(○Iのマークで有名な)丸井もあります。パルコもあります。そして無印良品もあります。(まあ東京ならおなじみの風景ではありますが)

f0005116_0185299.jpgそしてこの北口のアーケード街(サンロード)で見かけたのが、今の時期しか見られないであろう「グーグーだって猫である」の映画ポスターなのです。(吉祥寺バウスシアターにて上映中)

と、まあ今日はここまでにしましょう。(以下続く)
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by ttru_yama | 2008-09-24 23:59 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-2

f0005116_23292376.jpg(写真は映画の予告チラシから) さて映画では大島サンの住む、吉祥寺をあますところなく紹介しています。私は知らなかったのですが、井の頭公園のゾウのはな子(作品ではハナコ)、いつも行列の出来る佐藤精肉店のメンチカツ、商店の寄せ集まったハーモニカ横町、熱心な大島ファンなら、漫画でのエピソードを思い出しながら見ていくことでしょう。こんなところにも一ファンとしての、犬童監督の視点が見え隠れします。「森三中」演じるベテランアシスタントは、時として暗くなりそうな画面を明るくします。

アシスタントで重要なのは「のだめ」で有名な上野樹里さん(役名ナオミ)です。熱心な一大島ファンからアシスタントの座をやっと掴んだ彼女は、路上ライブシンガーの恋人マモル(ナント平川地一丁目の林直次郎クンです)との関係を通じて、四十路の大島サンに不思議な青年・青自(セイジ/加瀬亮さん)を結婚相手として紹介したりします。その部分は原作にはない映画向けのようですが、大島サンの引っ込みがちな恋愛歴や、その後の卵巣腫瘍の摘出手術に関しても、アシスタント達とともに特にナオミは深く関わっています。この二人のラブシーン(かな?)は見ものでして、加瀬さん、小泉さんの演技がいいですね。小泉さんは四十路の大島像を映画全般通じおさえめに演じています。(たぶん本物に近いのでは?)

f0005116_7511962.jpgファンとして興味深いのは全集刊行の記念パーティでしょう。「まことちゃん」の作者、楳図かずおさんが特別出演することもさることながら、大島サンのお母さん役で松原智恵子さんが出演します。(よくは知りませんがお父さんは亡くなっているようです) 大島サンの家族が出てくるのも、原作が自伝的漫画ゆえなのでしょう。母は娘の結婚を心配しておりましたね。自伝的といえば中学生時代なのか、栃木の田舎の文房具やさんで漫画を描くためのペンやペン軸、ケント紙を買い求める少女時代の大島サンが出て来ます。

はっきり言ってこの映画は、大島ファンのための映画です。なかなかメディアに登場しない大島サンの、猫のサバやグーグーに対する思い、恋愛観、病気に苦悩する姿、アシスタントとのふれあいや別れ、時にはパパラッチ的なファンも登場させながら彼女の日常生活を、井の頭公園と吉祥寺の街並みをバックに、時には明るく時には寂しく紡いで見せてくれます。そして時々画面に登場する原画はファンサービスなのでしょう。(原作はもちろん、「四月怪談」も読まないとね)
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by ttru_yama | 2008-09-18 23:25 | 大島弓子

080913 グーグーだって猫である-大島弓子の世界-1

f0005116_17473376.jpgにわかに映画づいています(笑)が、映画館の予告チラシやテレビの映画コマーシャルを見て「グーグーだって猫である」(9/6公開)を観てきました。それらの情報では「グーグー」というのは、天才漫画家・麻子の家に新しくやってきた猫だということでした。まあそれだけの内容だけでは、観に行くこともなかったのでしょうが、それがインターネットポータルサイトの1クリック記事で、原作が大島弓子サンの作品だということを知ったのでした。それも自伝的漫画「グーグーだって猫である」(現時点で原作は未読ですが)の映画化というのですから、『これはっ(観とかないと)!!』という気になったのでした。

最近といっても20年程前の「綿の国星」以来、大島作品はずっとごぶさたでしたが、初期の「ミモザ館でつかまえて」なんかは、週間マーガレットだったかを古本屋で見つけて買ったこともあったくらいでした。大島作品が変ってきたのはこの頃で、それ以前のキャラクターは現在のタッチとは似ても似つかぬ作風でしたが、すごいのは女学生の妊娠というシリアスな「誕生」という作品も描いていたことです。それらももちろん大島作品なのでしょうが、私の見てきた限りでいえば、やはり代表的な作品といえば「ミモザ館でつかまえて」以降、「ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ」、「F式蘭丸」から始まって、「綿の国星」という事になるのでしょうか。(あくまで個人の見解です)

大島作品の魅力は何といっても、画面と文章の織りなす詩情性ではないでしょうか。画面に散らばる星々、月、梢の葉のゆらぎ、草原、雨、暗転、ストップモーションとスローモーション。ドラマは現実と夢のような幻想の世界を渡り歩き、人生の真理をついた言葉や感情のゆらめく表現が、読む者の心を捉えます。物語の時間はそこではゆっくり流れ、読者は言葉の持つ力の余韻に浸りながら、物語の世界や主人公の気持ちに同化していきます。最近は類似の手法が、他の漫画家の作品にもよく見られるのですが、やっぱりその本家本元は大島作品からではないでしょうか。(これもあくまで個人の見解です)


f0005116_21114451.jpgさて本題の映画の話ですが、大島サン(映画の中では小泉今日子さん演ずる、大島ならぬ「小島麻子」)は愛猫「サバ(仏語:ça va?=元気?の意)」が亡くなって以来、漫画が書けなくなってしまいます。悲しみに明けくれた後、大島サンは住んでいる吉祥寺のペットショップで、新しいパートナーとなる「グーグー」(この名前の意味は最後に明かされますが、良く寝るからでもなく、お腹が空いているからでもありません)を見つけます。

映画の舞台は大島サンの住んでいる、井の頭公園のある吉祥寺(確か漫画ではチキジョージだった)ですが、冒頭にその吉祥寺を英会話学校の講師ポール(マーティ・フリードマンさん)が、英語のナレーションで説明するのが、日本の街なのに何か異世界を案内するようで良かったですね。このあたり大島作品の大ファンでもある犬童監督の演出も小気味いいことです。ところでこの外人講師ポール、初めはストーリーとも関係なくややピエロ的なスタンスで演じるのですが、映画の終盤では亡くなった「サバ」との中を取り持つ、重要な役割も持っています。「綿の国星」でいえば、まるで「幹事猫」(猫に化ける訳ではないのですが)っていうイメージの不思議な役どころでした。

(またまた長引きそうです。また次回に・・)
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by ttru_yama | 2008-09-14 21:49 | 大島弓子