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カテゴリ:本・映画・ドラマ( 35 )

111011 「はやぶさ/HAYABUSA」-3

f0005116_2129565.jpg「20世紀少年」に出演していて、今回の「はやぶさ/HAYABUSA」にも登場する俳優サンが1人います。

それは誰あろう「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを演じた佐野史郎サンでした。佐野サンは「20世紀少年」では、ケンヂ達の幼い頃からのにっくき敵、あの太ッチョの「ヤン坊・マー坊」兄弟の大人になった姿を1人で演じていましたね。

「20世紀少年」では「ともだち」の手先に「成り下がって」いた佐野サンでしたが、今回の「はやぶさ」では川口プロジェクトマネージャーに「成りきって」いて度重なるプロジェクトの成否を左右する難局で、決断を迫られるシーンを好演していました。

今回の映画では実在の人物がいるだけに、俳優サンもその人物に成りきった容貌と演技が要求されましたが、製作現場では特に佐野サンの評判が高かったようです。

f0005116_22272490.jpgそしてロストして皆が半ばあきらめかけていた時、「はやぶさ」の声が地球に届きます。そして最後の難関だったイオンエンジンの故障を回避し、地球にたどりつくと回収カプセルを放出し、「はやぶさ」は大気圏で自ら燃え尽きてしまうのでした。

後はオーストラリアでのカプセル回収を成功させるばかりなのですが、巨匠・堤監督、ここで一つイタズラシーンを挿入しています。(そのネタバレはちょっと教えられませんね。ヒントはオーストラリアという場所柄なのですが・・)(笑) <今回の写真は名古屋市科学館の展示写真より>
さあ、次は久しぶりで「大野編-江と佐治氏」に戻ることにしましょう。
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by ttru_yama | 2011-10-29 22:55 | 本・映画・ドラマ

111011 「はやぶさ/HAYABUSA」-2

f0005116_943253.jpgちょっと遅れて入場した私は、映画を最初からは観ていませんが、最初のシーンはおそらく西田サン演ずる的場対外協力室長の「はやぶさの講演」に、主人公の大学生・水沢恵こと竹内結子サンが聴きにいくところから始まったと思います。(イメージギャップがあり、初め誰?この人と思って見てました)

その講演後、水沢の宇宙知識に驚いた室長がボランティア要員として、プロジェクトに誘うのです。水沢は亡くなった天文好きの兄の影響でやはり宇宙の好きな女子大生という役どころですが、他の出演者が実在のモデルを演じているのに対して、はやぶさプロジェクトに参加したいろんなボランティアスタッフを総じて演じています。

ですから最初は高島政宏サン演ずるはやぶさのカメラチームにいましたが、時には西田サンに随行して、内之浦の漁協に打ち上げ時期の懇願に行ったり、JAXSAのガイドスタッフ等も演じています。

そこでわが(←いつのまにか「わが」がついていますが) 「20世紀少年」を制作した堤監督です。作品のリアリティーさを追求し、JAXSAの協力のもとに作られた管制室のセット。ここでははやぶさの打ち上げから帰還までの、緊張感・緊迫感・絶望とその後の喜び、そして涙の映像が撮影されました。

監督がいうように「作りたいのは人間のドラマ」というだけあって、出演者もプロジェクト中に描かれる姿だけでなく、ふだんの日常生活の姿まで映し出しています。たとえば普段の飲み会や送別会、亡くなったメンバーの家での弔問シーン。鶴見辰吾サン演ずるイオンエンジンの責任者は、地区町内会の会議の最中に呼び出されてしまいます。

そんなプロジェクトに直接関係無さそうなエピソードが、この映画に別の意味でのリアリティ感を与え、世間離れした世界にいる人たちが、実は私達と同じように生活しているんだという親近感を感じさせてくれます。(少し「ネタバレ」させてしまいましたが、こんな程度ではびくともしない映画だと思っています)

そして最も本物の登場人物にこだわったという佐野史郎サン。(うーむここでページが尽きました。常滑で会った江ちゃんの話もしたいのですが、また次回デス。(笑))
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by ttru_yama | 2011-10-22 11:15 | 本・映画・ドラマ

111011 「はやぶさ/HAYABUSA」-1

f0005116_727266.jpg(ヨコハマガイドにするつもりでしたが)、先週は映画「はやぶさ/HAYABUSA」を観ちゃったので今日はその話です。

「はやぶさ」それはもちろん2010年6月13日、日本中がその奇跡の帰還に驚き、役目を終え大気圏突入で燃え尽きた小惑星探査機「はやぶさ」(コード名・MUSES-C)の姿に涙した、あの「はやぶさ」のことです。

現在はやぶさの映画は、ドキュメンタリー映画含め4本制作されており、今回観た竹内結子サン主演の映画化の話は知っていましたが、何せ(常滑ブログ続きとしては)、監督があの「20世紀少年」の「堤幸彦サン」となれば、もう観るしかなかったのです。(アツい!?)

というわけで気分を出すために貼ったイメージ写真は、今年4月に行ったさいたまの「鉄道博物館」で展示された「~はやぶさがはやぶさに出会う日~」のポスターです。(東北新幹線「はやぶさ」は3月5日デビュー)

公募された150,372通中の7位から、東北新幹線の愛称「はやぶさ」が発表されたのは、2010年5月11日でしたが、小惑星探査機に「はやぶさ」の愛称があたえられたのは276通の応募の中からで、2003年5月9日、恒例により打ち上げが成功した時に命名されました。

ですから映画でも、打ち上げまでは竹内サンもMUSES-Cと言っていました。ちなみに擬人化された「はやぶさ」の声も竹内サンが演じていました。宇宙空間でロストした時の「ボクはここにいるよ」の声は、はたして地球にとどくのでしょうか。
(またもや、このブログも道をさ迷いながら・・、つづくのデス)
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by ttru_yama | 2011-10-15 15:33 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-9

f0005116_23392054.jpg「コクリコ坂から」には「上を向いて歩こう」が挿入歌として2度登場します。

1度目はコクリコ荘で、海のおばあちゃんの部屋のテレビから流れてきます。ヨコハマガイドには、海たちが白黒テレビから流れる歌謡番組を観るカットがあります。
少~し前、その歌を歌った「九ちゃん」の特集番組で、「夢であいましょう」の番組だったかで歌う姿が流れていましたね。

で、2度目は俊が海を自転車に乗っけてコクリコ坂を下るシーンです。これがまた映画に合ってしまって、2人の自転車は軽快に坂をかけくだってゆくのでした。まさか九ちゃんもこんな「青春ラブストーリー」で、自分の歌が使われるとは思ってもみなかったことでしょう。
本来は「見上げてごらん夜の星を」を使う予定だったそうですが、鈴木プロデューサー、大正解でした。

f0005116_0293295.jpgと、まあそんなところで「コクリコ坂から」のお話は、ここで終りにしまして、次からは「番外編」として以前から訪れた場所の「横浜写真」でも、眺めてみたいと思います。(写真は赤レンガ倉庫」

はたして「常滑」にはいつ戻れることでしょうか。すでに「江」の最初の夫・佐治一成(平岳大)は「塚原卜伝」の山崎左門となって出演しています。(笑)
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by ttru_yama | 2011-10-08 08:24 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-8

f0005116_20264393.jpgまたヨコハマガイドのカットからですが、上の絵が海のやっている下宿・コクリコ荘で、海が掲揚する旗が庭に掲げられます。
そして俊は、時々父のタグボートを手伝いながら、丘の上で少女が旗を揚げるのを見て、「コクリコ坂から」-2で書きましたように、「週刊カルチェラタン」に詩を載せたのでした。

もう映画公開も終わったようですし、原作と見くらべないと分からない話なので、俊の書いたその詩をここに引用してみましょう。そうしないと話が続きませんので・・。(笑)

「少女よ君は旗をあげる なぜ 朝風に想いをたくして よびかける彼方 気まぐれなカラスたちを相手に 少女よ今日も紅と白の 紺に囲まれた色の 旗は翻る」-風-
という詩で、まだ2人は知り合っていない頃のことです。

さて、原作ではかなり物語が進んだ頃、詩が校内新聞に載ります。すでに海と俊は(反目しながらも)顔見しりなのですが、まだ海も俊も詩の作者や旗を掲揚する少女が、お互い誰なのかをはっきり知っていない頃です。そんなシチュエーションを認識していただいて、今度は原作の詩の方を引用してみましょう。

「少女は ある朝 旗を立てる その旗は・・(中略) その旗は 少女の生きつづける意志だ 生命だ・・ その旗の下で いつも少女の顔は まっ正面をむいている 」(WHO)
どうでしょう。注目点は詩の内容の違いではなく、詩の最後にある「作者表示」の部分です。原作では、「WHO」になって、読者や海に謎かけしてる感じでしょうか。

そして、(おそらく駿サンの手によって)その「WHO」が、ジブリ流にアレンジされてますね。たまたま原作を買わなかったら気づかなかった、小さな「エスプリ発見」なのでした。そういえば俊の名字は風間でもありましたっけ・・。
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by ttru_yama | 2011-10-02 21:44 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-7

f0005116_1051398.jpgというわけで、これが前回「耳をすませば」の広告があった雑誌のおもて表紙です。このように「ジブリ」からファン向けに毎月発行される小冊子(年間講読、¥2000)があったんですね。(今回は原作本を買ったおまけでもらえました)

3月11日の震災が映画「コクリコ坂から」の制作に、大きな影響をあたえたことは、すでに書きましたが、駿サンの憤りの矛先は「原発反対」に向かったようです。写真のプラカードは、たまたま社員が6月にあった原発デモに参加した時のものを、駿サンが借りてスタッフと犬合わせて4人と1匹で東小金井のスタジオジブリ周辺を回った時のもののようです。(残念ながらあまり観衆はいなかったようですが)

この本「熱風」の今月の特集は「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」ということで、以前から鈴木サンも駿サンも原発については一家言持っており、識者との座談会はなかなかの内容です。

f0005116_9181448.jpgおまけのついでに、スタジオジブリの図書目録(2011版)ももらいました。縦9cm・横6.7cm、厚さ4cmという豆本ですが、ナウシカ、トトロ、宅急便、もののけ姫、アリエッティ、ポニョ、コクリコまでジブリの手がけた出版本の広告雑誌です。

そんなこんなのおまけ話でまた次回です。(笑)
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by ttru_yama | 2011-09-25 09:45 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-6

f0005116_3343934.jpgまた、「コクリコ坂から~ヨコハマガイド~」の画像を参照させて頂きながら話を進めます。
最上段の絵はコクリコ坂頂上付近で、左に洋館も見られますが、海の家はもうすこし坂の上あたりになります。

こんな急坂を俊は、自転車の後ろに海を乗せてフルスピードで駆け下るのですが、細かいことをいうとちょっとありえません。
というのは、俊は学生鞄を持ちながらハンドル・ブレーキをかけるわけですし、海は買い物かごを左腕に掛けて横座りしてるのですから、事故らないのが不思議です。ちなみに原作では自転車のシーンはありません。そして下町の商店街の肉屋では、俊は海にコロッケをおごっちゃうのでした。(下段左の絵)

f0005116_4521127.jpg前回も言いましたが、ジブリ映画には2人乗り自転車シーンは必須です。(笑) そうそう、あの「耳をすませば」でも、イタリアに旅立つ聖司が、ラスト近くで雫を自転車に乗せて走るシーンがあったようです。

もっともこちらは、「秘密の場所」に向かって、坂を登って行くのですが・・。(実はあまりおぼえていないので、またテレビ放映があるとき確認しておきます。 ^^; )

「耳をすませば」も、駿サンの脚本でしたね。ところでこの黄色い画像は、と・・あるジブリ系雑誌の裏表紙なのですが、その表表紙にはあの人がデモ行進をしています。その話はまた次回にでも・・。
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by ttru_yama | 2011-09-18 05:15 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-5

f0005116_9153046.jpgこちらは前回と同じ文庫版のカバーなのですが、カバーが2重になっていて現在本屋さんに行くと、駿サンのポスターの絵のカバーで売られているので、ちょっと見には原作本なのか見分けがつきにいところです)

さて、ついでですから原作本とアニメの違いをみてみましょう。二人が出生をさぐる基本ストーリーは同じですが、もうひとつのクラブ部室(カルチェラタン)の存続に関する学校との闘争は、原作では制服の自由化闘争となっています。

ですから、あのカルチェラタンの魔窟はまさに、駿サンごのみの脚色から創造されたものなのです。まあ、制服自由化問題は当時の関心事であったことは間違いないのですが、映画的には魔窟の方がインパクトがあると考えたのでしょう。原作での舞台は港の近くの高台としか描かれていませんが、映画では今も洋風建築の残る1963年の横浜に設定しています。

ということで、かつての桜木町駅の雑踏やクイーンの搭(横浜税関)、氷川丸が画面に映し出されますが、肝心のコクリコ坂は「港の見える丘公園」付近が近いイメージですが、映画ではかなりつづら折りの急坂で、実際私も公園付近には行ってみましたが、きつい坂はあるものの、あのようなつづら坂は架空の坂のようです。

でも、このつづら折りの坂がないと、俊が海を自転車に乗せて駆け下る印象的なシーンは無かったことでしょう。あのシーンは「魔女の宅急便」で、トンボとキキが飛行自転車で坂を下るシーンとともに、ジブリ映画の名シーンとなることでしょう。

そうそうヒロインの名前は、原作では「小松崎海」となっていますが、映画では「松崎海」となっています。私的には「小松崎」の方がよりかわいく思えるのですが、駿サンは違ったのでしょうか。

また映画のコクリコ荘の住人は全て女ばかりですが、原作では男子学生の北斗さん(映画では女子学生)がいて、海の精神的な憧れの人として大きなウェイトを占めています。
またページがつきてしまいました。ではまた次回。
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by ttru_yama | 2011-09-11 07:51 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-4

f0005116_814912.jpgこちらが、映画「コクリコ坂から」の公開にともない角川文庫となった原作本(他にコミックスサイズもあり)の<中カバー、(絵の花がひなげしでないのが気にはなりますが)>です。元々は1980年1月号~8月号まで「なかよし」に佐山哲郎原作、高橋千鶴作画で掲載されたものです。

当初、私は原作本との違いに興味はなかったのですが、どうにも原作での「国際信号旗の描かれ方」が気になったので買ってみたわけです。するとその他にもいろんなことがわかってきました。

映画をまだ見ていない人には、混乱やネタバレもあるので、観る前にあまり余分な知識は要らないと思いますので、(いまのところは、まだいいとは思いますが)以下の参照には気をつけながらご覧ください。

読んでみてまず興味深かったのが、監督・宮崎吾朗氏の解説です。そこには「コクリコ坂から」が、なぜ映画化されたかを知る原点が書かれています。宮崎家には山小屋があり、親族で毎年夏に行ってたそうで、そこに以前従妹が持ち込んだ「なかよし」がずっと置かれており、中学生だった吾朗氏はもとより駿サンも読んでいたようなのです。以下原文引用。

『親父たちが「コクリコ坂から」を原作としてアニメーション映画が作れないか、話していたことは知っていた。そこには若かった頃の鈴木(敏夫)さんや押井(守)さんもいたように思うが、記憶が定かではない。(中略) いいおじさんたちが少女マンガの映画化をめぐって熱く議論していることが、とても酔狂なことに思えた。』

ページが無くなってきたので、まず原作におけるUW旗「安全な航行を祈る」の描かれ方です。行方不明の父へ手向ける旗としては同じですが、ヒロイン海がコクリコ荘の住民と朝礼も兼ねて掲揚する旗は、「ユニオンジャック(英国旗)」なのでした。これには拍子抜けしましたが、すると「UW旗」のアイデアはやはり駿サンのようですね。(あっと、また長くなりそうなのが怖いのですが、つづく。)
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by ttru_yama | 2011-09-03 01:54 | 本・映画・ドラマ

「コクリコ坂から」-3

f0005116_1732484.jpg<画像>「コクリコ坂から」映画プログラム裏表紙より。先週(8/20)NHK/BSで8月9日放映された、「ふたり」「コクリコ坂・父と子の300日戦争〜宮崎駿×宮崎吾朗〜」が再放映されていました。
1時間15分番組で頭の30分ほどは見ていませんでしたが、吾朗氏がアニメ監督になったきっかけ(ジブリ美術館総合デザイン)の頃から、「ゲド戦記」、「コクリコ坂から」まで、父・駿サンとの親子の葛藤の日々を描いていました。

「ゲド戦記」では口も聞かない二人。でも駿サンは何かにつけて制作現場の様子を探りに来る。それを拒否する吾朗氏。でも公開された映像には、ナウシカ似の1シーンだったり、ハイジ似だったり父親の影響がそこここに出てきます。興行的には成功した映画でしたが、憮然として試写会を中座する駿サン。

私が見ていなかった30分の間には、「コクリコ坂から」のヒロイン・海のキャラクター設定で、激しい二人の対立があった様です。(この続きから見てました) しかし駿サンはヒロインが早足で橋の上を、少し前傾姿勢で大巾で歩く海の絵を提供します。どうやらその絵に託された、海のキャラクターを吾朗氏も受け入れ、登場人物が動き始めます。

また、プロデューサーの鈴木サンは、駿サンが冒頭に入れたい、てきぱきと動く海の起床シーンを、伝令として吾朗氏に頼み込みます。吾朗氏もラスト近くのヤマ場では、父親のシナリオには書かれていない、俊と海の急接近するシーンを取り入れます。

さて3月11日、大震災がおこり制作現場は動揺します。人材確保、電源事情で3日間の制作ストップを会議で決定した事が、駿サンの耳に入るやいなや決議はひっくり返され、確保できるスタッフだけでも「制作続行」が言い渡されます。
(こんなときの鈴木プロデューサの顔ったら・・、いやはや、この人がいなかったらジブリはどうなるんでしょうかね)(笑)

完成試写会の後の、駿サンの(感想を求めるカメラに向かっての)コメント。「おれを脅(おびや)かしてみろ!」でした。それを聞いた吾朗氏、「(ビックリして)死ぬなよ!」でした。(←そんなような事を言ってたような・・)
その後、駿サンは滞っていた自分の新作のコンテに向かい始めました。

きっとジブリからは、まだまだ良い映画が生み出されることでしょう。(でもまだ、おわりじゃないよ(笑))
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by ttru_yama | 2011-08-28 07:55 | 本・映画・ドラマ