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081112 トモガキ ~ちばてつや氏20歳のトキワ荘~

f0005116_22324974.jpgこのところマンガづいています。(笑) さて物事を偶然に見落とすこともありますが、偶然に見い出すこともあります。最近は忙しくて大島サン以外のマンガを見る暇がなかったのですが、今日はマンガ喫茶で昼食をしたのでした。そこで見たのが今週の「ヤングマガジン」50号です。ふだん「ヤングマガジン」で見るのは、2、3のお気に入り作家の漫画を、パラパラっと早めくりするだけなのですが、今日は時間があったので他の作品もわりあい時間をかけて読んでいました。

それもいいかげん飽きてきた頃、目に飛び込んで来たのが一見して「ちばてつや」さんとわかるマンガのキャラクターでした。それはナント、故・石ノ森章太郎(当時は石森)氏と故・赤塚不二夫氏を中心としたトキワ荘(手塚治虫氏が最初に仕事場として使用したことから、それ以来彼を慕うマンガ家が入居した伝説のアパート)の面々とのマンガを通しての心の交流の物語でした。(ちばさんのマンガがこの雑誌に載るのは28年ぶりだとか!!)

あらすじは
『20歳の頃ちばさんは「少女クラブ」(講談社)に、「ママのバイオリン」を連載し人気漫画家となっていました。ある時その「ママのバイオリン」が別冊付録として掲載されることになります。付録といっても目玉企画なので、ちばさんは講談社の別館にカンヅメ状態で原稿を描いていましたが、締め切り2日前になっても7ページしか、ペン入れが出来ていない状態で編集者に小言をいわれていたのでした。その時あろう事かちばさんは、冗談で編集者に「電気アンマ(悪ふざけ)」をかけて喜んでいたのですが、おかえしをされ窓に体ごとぶつかり、ガラスで口内や大事な商売道具の右手の、筋を切ってしまうという大ケガをしてしまいます。こうなってはもうマンガどころではありません。

人気付録に穴を開けることの出来ない、少女クラブの丸山編集長はかえり血のついた原稿を持ってトキワ荘の石森、赤塚両氏を訪ね、代筆でペン入れを願うのです。夜中に何事かと集まったトキワ荘の住人は、その残り2日で仕上げなければならない膨大なページ数と、絵のタッチも違うし編集者の理不尽な申し入れに、ちばさんの原稿にペン入れするのを拒みます。ましてやちばさんはトキワ荘仲間でも無かったので、そこまで義理立てする事もなかったのです。

でも石森・赤塚両氏は作品でしか知らなかった、ちばさんの原稿を自分達の勉強だと仲間にも呼びかけ、今までのちばさんの連載を見ながら、そのタッチを掴んで締め切りまでになんとか仕上げたのです。病院で完成したゲラ刷りを見せて貰ったちばさんは、胸にこみ上げて来る物を感じ一時外出の許可が出るとトキワ荘を訪ね、作品上でしか知らなかった石森赤塚氏達に感謝を告げるのでした。ここからちばさんと、トキワ荘の面々との交流が始まっていくのでした。』

ということで、50号は後編ですが、49号(前編)合わせ90ページのちばさん69歳の大作でした。それはちばさん自身の20歳の苦い経験を語るとともに、つい先日亡くなった赤塚不二夫さんや先に逝った石ノ森章太郎さん達へのレクイエムが込められていて、胸の熱くなるような作品でした。漫画界の歴史の中でも、トキワ荘のあったこんな時代はもう二度とやってこないことでしょう。読み捨てのマンガ週刊誌ですが、いつもなら見逃してしまうはずのところ、偶然にも目に留めることが出来た次第です。(50号表紙のちばさんに関する部分を抜き出して写真に載せましたが、ふだんこんなカットまで見ていませんものね。えっ、ふだん表紙のどこ見てるかって・・?!)
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by ttru_yama | 2008-11-13 00:11 | 本・映画・ドラマ
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