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0910-「20世紀少年」の町-349 (南吉生誕103年-166)

鴉根畜産研究所-5
f0005116_22113594.jpg鴉根の坂の頂上付近から、南成岩方面を見下ろした写真です。
背後に見える青やタンクの塔は、衣浦湾の向こう岸に見える碧南市の砂糖プラント工場ですが、その手前左端の赤茶けた屋根は半田のJFEスティール工場です。逆に言えば鴉根の「鴻の松」が、近隣から見えたというのがうなづけます。

さて南吉はこの鴉根の畜産研究所に3ヶ月いて、12月に本社勤務の辞令が出ます。その鴉根時代にも農場で働く婦人たちの解雇などを目撃するのですが、本社に行った南吉は当初は主人・杉浦治助に見出されることを喜びとしたものの、やがて憎み出すようになります。

f0005116_1633050.jpg杉浦治助自体はつつましく生活し、いわゆるブルジョワ然とした人物ではないのですが、「ひとの道教団」に傾向する、治助自身の信じるモラルがベースとなって進められる会社のつつましさ、例えば朝の体操とか暖房の行き届かないこと、俸給の安さなどに、南吉は反発を感じてゆきます。(写真:2013年3月、廃屋の杉治商会、ただし南吉時代の建物ではない。南吉は鴉根の寮から自転車でここへ通勤していた。)

「全く搾取である。屈辱である。修養とだとか何とか云って、それは搾取を甘受させるための言葉にほかならない。」(12.26の日記)
杉浦治助の説く会社モラルは、いわゆる資本主義の労働者搾取とは精神的には違ったかもしれませんが、南吉にとっては実質同じ事だったようです。

f0005116_17465941.jpg「マルクス主義的な考え方を年少時代に軆得してしまった我々二十代の青年達は一生不幸で終ることになるかもしれない。
何故ならその考へはあくまで我々の心の奥深く素喰ひ、併もそれはそれ自身で我々の運命を開拓していける程強いものでないからだ。」(写真は2016年6月現在の、貯蔵サイロだけ残った様子です。)

南吉の作品自体にプロレタリアート的なものはありませんが、この杉治商会時代の生活は、南吉の職歴としては異質な体験で、その後の童話作品にも少なからず、影響を与えていることと思います。(おわり)
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by ttru_yama | 2016-07-03 23:45 | 新美南吉
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